奇談その三十五 真説 雪女
暮れも押し迫った雪の降る夜になると決まって思い出す事がある。誰に話しても信じてもらえないのだが、俺は雪女に会った事があるのだ。
彼女と出会ったのは年の暮れ。クリスマスも過ぎ、皆が新年の準備に忙しくなっている頃だった。
「え?」
しんしんと牡丹雪が降り積もる夜、四畳半一間のアパートに向かっている途中で、俺は橋の真ん中辺りに立つまさに幸薄そうな女性を見かけた。顔は青白く、それと対照的に腰まである髪の毛は漆黒。着ているのはノースリーブの白のワンピースだ。その上、靴も靴下も履いていない。
(やばそうな女だな)
俺は見なかった事にして通り過ぎようと思った。だが、できなかった。彼女がこの世の者とは思えない程の美人だったからだ。俺は吸い寄せられるように近づいたばかりか、声をかけてしまった。
「どうしたんですか?」
女は俯き加減だった顔を上げて俺に正対した。
「捨てられてしまいました」
彼女はほとんど口を動かさずに言った。普通なら、一目散に逃げ出す場面だろうが、俺にはそんな選択肢は微塵もなかった。
「俺のアパート、すぐそばですから、よろしかったらどうぞ」
そんな台詞がすらすらと口から出たので、俺自身、驚愕してしまった。
「ありがとうございます」
女は微笑んで礼を言った。そこから俺のアパートまで数分の距離だったが、どうやって帰ったのか、全く記憶にない。我に返ると、俺は彼女を部屋に招き入れていた。
「すぐに暖かくしますから」
俺がエアコンのリモコンを操作しようとすると、
「お気遣いなく」
リモコンを取り上げて部屋の隅に放った。その時触れた彼女の手は氷かと思うくらい冷たかった。結局、彼女の意向で俺は暖房を入れずに過ごす事になった。ダウンジャケットを着ている俺が寒くてたまらないのに、薄着の彼女は震えるどころか汗を掻いている。
「暑い」
震える俺の同意も得ずにキッチンの窓を開け、玄関のドアも開けてしまった。それでも彼女の汗は止まらなかった。
(このままだと凍え死ぬ)
意識が朦朧とした俺に、
「ありがとう。さようなら」
彼女が耳元で囁いた。
日の光で目を開けた俺は目の前にほとんど溶けてしまった雪だるまがあるのに気づいた。
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