奇談その三十四 思い出したその弐
ところが、お家が断絶となり、源馬達は牢人となった。才ある者達は他家へと出仕が叶ったが、源馬にはそういう機会はなく、食うや食わずの日々を送っていた。
そんな中、
宿は想像していたよりも遥かに大きく綺麗で、何十人もの宿泊客がいた。男がえびす顔で現れ、板の間に膝を突いて挨拶をした。源馬は奥の大きな部屋に
「お代はお考えなさいますな。これ全て、恩返しにございます故」
男は、ごゆっくり、と言い添えて部屋を辞した。源馬は男の言う通り、考えるのをやめて食事を摂り、女中の案内で湯治場を兼ねている風呂場に行った。
風呂にも沢山の人がいたが、生来が人見知りの源馬は湯に浸かって身体を温めると、部屋に戻った。
「腕の立つ按摩がおります。お試しになりますか?」
男が布団を敷きに来て告げた。久しぶりに長く歩いた源馬は渡りに船と按摩を頼んだ。
「失礼致します」
しばらくすると、襖が開いて若い女が入ってきた。源馬は女が来るとは思っていなかったので、
「皆様、驚かれます」
女の按摩は微笑んで応じた。
「早速頼む」
源馬は腹ばいになって言った。女は手際よく仕事を始めた。
「お客様、お疲れのようですね。随分とあちこちが凝っておりますよ」
女は身体の凝りが見えているかのように解きほぐしてくれた。
(いい気持ちだ)
源馬はそのまま寝入ってしまった。
「は?」
あまりにも虫の音が近くで聞こえるので源馬は目を覚まし、草原の真ん中で旅支度のままで寝ている自分に気づいた。
(そうか、思い出したぞ)
源馬が戦場で助けたのは狐の親子だったのだ。
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