奇談その三十一 アクアツアー

 卓司は、とある遊園地の係員のバイトをしている浪人生である。


 彼はアクアツアーのコーナーに毎日のように訪れる品のいい老婆を見かけた。


 卓司は老婆と顔見知りになり、挨拶を交わすようになった。


 老婆はゆっくりと流れる人工池を眺め、日暮れになると帰っていく。


「お気をつけてお帰りください」


 卓司は深々と頭を下げて見送った。


「多分、貴方の事は憶えていないと思いますよ」


 不意に後ろから声をかけられ、卓司はギョッとして振り向いた。


 そこには老婆と同年代くらいの老人が立っていた。老人は悲しそうな顔で、


「あれは私の連れ合いなのですが、認知症が進んでしまって、私の事もわからなくなってしまったのです。ですから、いくら呼びかけても反応してくれませんし、こちらの言う事を聞いてくれないのですよ」


「そうなんですか」


 卓司は高齢化社会の縮図を見た気がして、胸が締めつけられた。


「貴方はいつも連れ合いに声をかけてくれて、親切にしてくださるので、本当にありがたく思っています。今度、ウチにいらしてください。心ばかりのお礼をしたいので」


「いえ、そんな……」


 卓司は丁重に断わった。老人は寂しそうに頷き、帰って行った。


(悪い事をしたのかな? お誘いに応じた方がよかったのだろうか?)


 卓司は後悔したのだが、


「断わって正解でしたよ」


 今度は自分と同世代くらいの綺麗な女性に声をかけられた。


「ごめんなさい、びっくりさせて。私はG県警刑事部霊感課所属の箕輪まどかと言います」


 女性は身分証を提示して、


「お婆さんは認知症ではありません。亡くなったご主人との思い出の地を訪れているだけです」


「ええっ!?」


 卓司は背中に悪寒が走るのを感じた。まどかと名乗った女性は身分証をしまいながら、


「お爺さんは自分が亡くなった事を理解できずに彷徨っているのです。今までは害をなす様子はなかったので、敢えて放置していたのですが、貴方に声をかけた事で事情が変わりました。お爺さんを説得して、逝くべき所に逝ってもらいます」


「はあ……」


 あまりの事に卓司は呆然としてしまった。


「貴方は怪異に付け入られ易いので、気をつけた方がいいですよ」


 まどかはそう忠告し、立ち去った。

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