奇談その三十 ドリームキャッスル
平井卓三はある中堅商社の常務である。彼は、自分の娘と年が近い秘書の武藤綾子に心を惹かれていた。自分では、断じて恋愛感情ではないと思っているのだが、
その卓三は遊園地のミラーハウスで気絶したのを恥じていた。綾子を守るべき立場にありながら、自分が意識を失ったのでは情けないと思っていた。
(武藤君に合わせる顔がない)
彼はなるべく綾子と顔を合わせないようにしていたのだ。
「おはようございます、常務」
綾子が常務室に入ってきた。
「お、おはよう、武藤君」
チラッと綾子を見て、視線を逸らす。すると、
「あの、常務」
綾子がその顔を覗き込むようにして声をかけた。
「な、何かね?」
慌てて書類に目を通しているふりをしながら、卓三は応じた。
「私、何か失礼な事をしたのでしょうか?」
思ってもいなかった事を尋ねられ、卓三は焦った。
「そ、そんな事はないよ」
彼は作り笑顔で一瞬だけ綾子を見て言った。
「そうなんですか。それならよかったです」
嬉しそうな笑顔になる綾子を見て、
(可愛い)
ニヤけてしまう卓三である。そして欲が出た。
「この前の汚名を返上するためにもう一度遊園地に行かないか?」
思い切って誘ってみた。すると綾子は、
「はい、喜んで」
弾けるような笑顔で応じてくれたので、
(よし!)
卓三は心の中でガッツポーズをした。
次の日の仕事終わり、二人は遊園地の入り口で待ち合わせをして、中に入った。
「今回はドリームキャッスルに入ろうか」
卓三はニヤけそうになる顔を引き締めて提案した。
「はい」
綾子はニコッとして応じた。
ドリームキャッスルには、男女で入ると仲が進展するという噂があるのだ。
(武藤君と恋仲になりたいとは思わないが、今後うまくやっていきたいから)
自分に下手な言い訳をしながら、綾子とドリームキャッスルに入った。中は恋人同士に相応しい煌びやかな内装で、流れているBGMもロマンティックなものである。
(ああ、本当に武藤君と付き合えたら、どれ程幸せだろうか)
卓三の妄想が頂点に達した時、
「楽しかったわ、貴方」
いつの間にか、隣には妻が並んでいた。卓三はまた気を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます