奇談その二十八 ミラーハウス
平井卓三は中堅商社の常務である。しかし、実力でのし上がったのではない。妻の父親が社長なのだ。だから、卓三は妻には頭が上がらない。
そんな卓三が唯一心を和ませる事ができるのは、秘書の武藤綾子である。卓三は、決して綾子に下心がある訳ではない。アメリカ人の男と駆け落ち同然に渡米してしまった娘と重ねて見ているのだ。
(武藤君が俺の娘だったら……)
そんな風にも思ってしまう。そして、
「この前はすまなかったね。違う子と間違って観覧車に乗ってしまったみたいで」
気絶する程怖い体験をした卓三であったが、真実を話しても信じてもらえないだろうし、引かれる可能性すらあると思ったのだ。
「いえ、お気になさらないでください。私が約束の時間に間に合わなかったのが悪いのですから」
どこまでも慎ましやかで、気遣いができる。卓三はますます綾子の事を気に入ってしまった。
「罪滅ぼしに、またあの遊園地に行かないか? 但し、観覧車ではなくて、別のアトラクションで」
卓三が提案してみると、綾子は、
「ありがとうございます。嬉しいです。宜しくお願いします」
嫌な顔をするどころか、満面の笑顔で言ってくれた。
(よし!)
卓三は心の中でガッツポーズをした。
次の日の仕事終わり、二人は遊園地の前で待ち合わせをした。
「遅くなりました」
綾子は一度一人暮らしをしているアパートに帰り、着替えてきた。花柄のワンピースだ。卓三は会社からそのまま来たので、スーツのままである。
「合言葉を言ってくれたまえ」
卓三の奇妙な願いを訝しく思った綾子であったが、
「ヘーイと言ったら?」
卓三の問いかけに、
「タクシーです」
あまり合言葉になっていないと思う綾子だったが、そんな事は決して口にしない。
「では、行こうか」
今回は入り口に一番近いミラーハウスに入る事にした。
「キャッ!」
入ると同時に後ろから抱きつかれた。ミラーハウスというから、鏡張りのアトラクションかと思ったが、実はお化け屋敷だったようだ。
「武藤君、人形だ、心配ないよ」
しがみついて離れないので、宥めると、
「そうですか」
見上げたその顔は世にもおぞましい耳まで口が裂けた女だったので卓三はそのまま気を失った。
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