奇談その二十二 夫の異変

 ここ一週間程、どうも夫の様子がおかしい。


 いつになく優しくなり、頼んでもいないのに朝のゴミ捨てをしてくれたり、食事の後片付けを率先してしてくれる。


 そればかりではない。仕事帰りに花を買ってきたり、私の好物のケーキを買ってきてくれたりする。


 あまり考えたくないのだが、もしかして浮気をしているのだろうか?


 その後ろめたさから、私に気を使っているのかもしれない。


 疑い始めると、そうとしか思えなくなってしまう。


 そして意を決して夫を尾行する事にした。


 次の日、夫を送り出すとすぐに外出着に着替え、夫がいつも使っているバス停に向かった。


 しかし、そこには夫の姿はなかった。


 やっぱり……。頭の中をどんどん嫌な想像が膨らんでいく。


 夫は会社に行くふりをして、どこかで女と会っているのだ。


 疑惑が確信に変わってしまった。いくらそうではないと否定してみても、もはや動かし難い事実に思えた。


 それでも念のためと思い、一度家に帰ると、夫の会社に時間を見て連絡した。


 出たのは夫の部下に当たる男性だった。


 夫に代わって欲しいと告げると、


「いや、その……」


 何故か言葉を濁す。恐らく、夫は出社していないのだ。


 私に内緒で会社を休み、女とどこかに出かけたのだ。


 何て事だろう。


「私が電話した事は言わないでください」


 それだけお願いすると、通話を切った。


 気持ちの整理がついた私は、もう一度出かけ、役所で離婚届をもらってきた。


 夫が帰宅したら、何も言わずにこれを差し出す事に決めた。


 それから夫が戻ってくるまでの時間が何と長く感じられた事か。


 付き合うようになってから今日までの記憶が、まさに走馬灯のように駆け巡った。


 アルバムをめくって過去の楽しかった日々に浸っていると、夫が帰ってきた。


 いつもと同じようにしている夫に対して、私は無言で離婚届を差し出した。


「どういう事だ?」


 夫は不思議そうに尋ねてきた。


「自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ!」


 私は目を合わせずに言い放った。すると夫は、


「そうか。気づいてしまったんだね」


 何故か残念そうに呟くと、スウッと煙のように消えてしまった。


 私はその時になってやっと、夫が死んで一年経っている事を思い出した。

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