奇談その二十一 彼女が泊まらない理由
俺には付き合い始めて一年以上になる彼女がいる。贔屓目ではなく可愛いし、料理もうまいし、性格もいい。まさに非の打ちどころがない子だが、ひとつだけ気になる事があった。俺のアパートに来てどんなに遅くなっても、必ず帰ってしまうのだ。
「明日早いから」
「親戚が来るから」
さまざまな理由をつけて、決して泊まろうとしない。最初は慎ましく思えてそれはそれで好印象だったのだが、交際一年目のお祝いをした日もやっぱり帰ると言い出した。もしかして俺は嫌われているのだろうか? そんな風にも思えてしまう。
「どうしていつも帰っちゃうのさ? 俺の事、本当は好きじゃないのか?」
内心ビクビクしながら思い切って尋ねた。すると彼女は目を見開いて、
「何言ってるの! そんな訳ないでしょ!」
「だったらどうして今日も帰っちまうんだよ」
俺は振り向いた彼女を抱きしめて言った。すると彼女は、
「泊まれない理由があるの」
俺の身体を押し戻した。
「泊まれない理由?」
俺は眉をひそめて彼女を見つめた。何故か彼女は俯き加減になり、
「絶対に笑わない?」
唐突な問いかけに俺はポカンとしてしまったが、
「ああ、絶対に笑わないよ」
真顔で応じた。彼女はますます顔を俯かせて、
「私、よその家に泊まるとおねしょしちゃうの」
「はあ?」
あまりにも予想外の理由に俺は彼女が嘘を吐いていると思った。他に好きな奴ができて、そいつのところに行くために帰るのでは、と勘繰った。
「嘘だろ? そんなに俺の事が嫌いになったのか? 悲しいよ」
つい怒気を含んだ声が出てしまう。彼女は顔を上げて、
「嘘じゃないの! ホントにおねしょしちゃうのよ!」
涙まで流して縋りついてきた。あまりにも真剣な表情の彼女を見ていたら、無性におかしくなってきた。
「おいおい、二十歳過ぎた大人がおねしょ? 腹痛え!」
我慢できずに噴き出して、挙句笑い転げてしまった。
「笑わないって言ったのに!」
しまったと思って彼女を見ると、空になった土鍋を両手で振り上げていた。
「ぐわ!」
手で庇う暇もなく、俺は土鍋で額を強かに殴られた。
「笑わないって言ったのに!」
薄れゆく意識の中で、血塗れになった土鍋を再び振り上げる彼女が見えた。
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