奇談その十六 頒布会

 結婚して三年目、詩織は夫の妙な趣味に気づいた。彼は頻繁にネット通販を利用している。それも「頒布会」というサイトに嵌っているようだ。一体何を配っている所なのだろうと気になり、夫が会社に行っている間に自分のパソコンで検索してみた。ところがその手の名称はごく一般的らしく、どれが夫が嵌っている会なのか判別不能だった。

(仕方がない)

 そんな事をしてはいけないとは思いながらも、彼女は夫のパソコンを起動した。そして履歴からそのサイトを割り出し、アクセスした。しかし、用心深い夫は毎回ログアウトしているらしく、パスワードがないとメインメニューから先は進む事ができない。詩織はサイトのURLをメモし、夫のパソコンを終了すると、自分のパソコンでそのサイトにアクセスし、新規登録をした。そしてそのサイトで扱っている商品の数に驚愕した。総数は百万点を超えていたのだ。これでは見当をつける事もできないと思い、夫の目的を探るのを諦めた。

 夫は夜遅く帰宅し、パソコンを起動した。詩織は気づかれるかと思ったのだが、何も言われなかった。こっそり覗き見をしようと思い、部屋に入ると、夫が振り返った。

「何か用?」

 不機嫌そうな顔で言われた。詩織は苦笑いし、

「何を毎日熱心に調べてるのかなと思ってさ」

「何だ、気になってたの。これだよ」

 想定外にも、夫はあっさりと頒布会の内容を教えてくれた。彼は人体模型を蒐集するつもりのようだ。いずれにしても、妙な趣味だと詩織は思った。

(そんな物を集めて何をする気なんだろう?)

 普段は至って真面目で、何の不満もない夫だが、趣味だけは気味が悪かった。夫が勤務しているのは広告代理店だ。どう考えても、人体模型を参考にする業種ではない。詩織は首を傾げながら部屋を出た。

「詩織には気づかれてないさ。大丈夫だよ」

 夫は携帯電話で誰かと話し始めた。

「模型が全部集まれば、どこをどう刺したら即死するのかよくわかるはずだよ。解剖されても殺人とはわからないように殺せるさ」

 夫は詩織が出て行ったドアを一瞥して右の口角を吊り上げる。

「受け取った保険金で優雅に暮らそうね、沙織」

 夫は通話の相手に猫撫で声で告げた。

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