奇談その十五 温泉めぐり

 俺は全国的に有名な蒲口がまぐち組の支部を任される程の所謂いわゆる、ヤクザだ。対立する日吉会との抗争に明け暮れ、身体中に傷を負っている。鉛玉も何発食らったかわからない。そんな人生の俺だが、人心地ついたので舎弟を連れて温泉めぐりに出かけた。ついでに今まで始末してきた連中の供養もしようと思っている。

 向かったのは、全国一の温泉郷だ。あらゆる効能を持つ温泉があちこちに湧き、帰る頃には悪いところはなくなっているという噂がある。案内してくれたのは黒いスーツ姿の品のいいジイさんだった。年寄りにしては足取りも軽く腰も曲がっていない。きっと温泉に毎日入っているからだろう。

「まずは等活地獄でございます」

 ジイさんは微笑んで言う。目の前にあるのは、煮えたぎっているようにも見える露天風呂だ。

「虫を殺した人が落ちる地獄を模しております。度胸のない方はお入りにならない方がいいでしょう」

 そんな事を言われて入らなかったら、背中の龍が泣くってもんだ。俺は舎弟が止めるのを振り払って飛び込んだ。驚いた事に見た目ほどは熱くなかった。怖がる舎弟共を無理矢理引きずり込んだ。

「次は黒縄地獄でございます。盗みを重ねた者が落ちる地獄を模しております」

 ジイさんの説明を聞く前に俺は飛び込んでいた。どうせ見掛け倒しだからだ。思った通り、全然熱くない。舎弟共も段々ジイさんの目論見に気づいたのか、威勢よく飛び込んでいる。

「さて、こちらが我が温泉郷の目玉である大焦熱地獄でございます。尼僧や童女を強姦した者が落ちます」

 ジイさんが微笑んでいないのが気になったが、かまわず飛び込んだ。

「うぎゃあ!」

 その途端、全身が焼け爛れるのを感じた。熱いどころの騒ぎではない。まるで溶岩に飛び込んだようだ。慌てて出ようとすると、

「まだですよ」

 ジイさんが俺の頭を押し留める。頼みの舎弟共も一緒になって押し留めていた。

「貴方が昔、尼僧を強姦し、その妹も犯した罪が新たにわかりましたので、罰を与えます」

 ふと見ると、舎弟はいつの間にか、尼僧とその妹になっていた。俺は死んで地獄めぐりをしていたのだ。もう何年繰り返しているのかもわからない程。

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