奇談その十二 黄色い粉末

 梶部次郎、四十五歳。バツイチ。現在は大手建設会社の営業部の次長である。そして、大学時代からの思い人である井野弓子にプロポーズし、年末に式と披露宴を催すつもりだ。弓子は入籍だけでいいと言ったのだが、彼女のウエディングドレス姿を見たい梶部が説得したのだ。

「この歳になってそんな格好、ちょっと……」

 控え目な弓子は恥ずかしそうだったが、

「いや、ユーミンなら絶対に似合うよ」

 梶部はデレデレして言った。


 だが、彼の思惑とはうらはらに仕事はどんどん忙しくなった。営業課の女子社員の相次ぐ退社と中途採用の失敗が響き、業務は停滞気味になっていた。新人の杉村三郎がミスを繰り返し、営業課のエースである藤崎冬矢がその尻拭いに奔走した。

(このままでは式が延期になってしまう)

 梶部は蒼ざめた。

「いや、絶対に何とかする!」

 彼は自ら現場に出向き、取引先に顔を出した。まさに大車輪の活躍で、停滞していた業務が流れ始めた。

「さすが、次長ですね」

 藤崎が絶賛してくれた。課長の米山米雄も奮闘してくれたので、

「いや、私だけではどうにもならなかったよ」

 梶部は居酒屋で飲み会を開いて、皆の労をねぎらった。


 翌日、一段落してホッとしたせいか、梶部は起き上がれないほどの疲労を感じたが、気力を振り絞って出社した。だが、疲労感は抜けず、帰る頃にはぐったりしていた。

「次長、大丈夫ですか?」

 藤崎や米山に言われ、梶部は作り笑顔で応じながら、帰路に着いた。

「うん?」

 ふと横を見ると、

「昔の自分を取り戻しませんか? 一舐めで効きます!」

 薬屋ののぼり旗に気づき、吸い込まれるように中に入った。

「いらっしゃい。さあ、これだよ」

 中にいた老婆は、梶部が何も言わないのに白い小皿に出した黄色い粉末を見せた。

「一舐めで取り戻せるよ」

 老婆はニヤリとして梶部を見上げる。梶部は恐る恐る手を伸ばし、それを指で摘むと口に入れた。

「おお!」

 元気が回復したのがわかった。

「一袋千円と高価だが、その価値はあるだろ?」

 梶部は思い切ってそれを一万円で十袋買った。


 そして梶部は、四十五歳にしてデキ婚をする事になった。めでたいのかめでたくないのか、彼には判断がつかなかった。

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