奇談その十一 駄菓子屋のおばちゃん

 まだ昭和の頃。


 池上亮太は小学校四年生。彼の一番の楽しみは下校途中にある駄菓子屋で、毎日立ち寄った。何故毎日寄っていたかというと、店番の女性を好きになってしまったからだ。相手はどう見ても大人。どれ程若く見積もっても二十代だ。亮太とは年が違い過ぎるし、相手にもしてくれないだろう。だが、それでもよかった。

「いらっしゃい」

 必ず微笑んで声をかけてくれる。

「気をつけてね」

 何も買わなくてもそう言って送り出してくれる。亮太はそれだけで幸せだった。


 ところが、ある日、いつものように駄菓子屋に行くと、若い女性ではなく、太ったおばちゃんがいた。亮太はいつもの「お姉さん」がいないので店の中を探した。するとおばちゃんがそれに気づき、

「どうしたの、僕? 何か探してるの?」

 亮太はビクッとしたが、

「あの、お姉さんはいないんですか?」

 恐る恐る訊いてみた。するとおばちゃんは、

「お姉さん? 誰の事? この店はずっと私がいるだけだよ」

 亮太はあまりのショックにそのまま店を飛び出してしまった。

「ああ、僕、ちょっとお待ちなさい!」

 おばちゃんが呼んでいるのが聞こえたが、亮太は立ち止まらずにそのまま家まで走った。


 家に帰ると、更にショックな事が待っていた。父親の転勤が決まり、家族揃って九州に引っ越す事になっていたのだ。亮太は悲しみのあまり、一晩中泣いてしまった。


 それから十年の年月が流れ、亮太は成人し、仕事で駄菓子屋があった町に来た。ふと思い出したが、

(さすがにもうないだろう)

 最後に訪れた時のトラウマが甦ったが、それでも懐かしさが勝ち、足が向いた。驚いた事に駄菓子屋はまだあった。

「え?」

 更に驚いた事にあの時いたおばちゃんが全く変わらない姿で店番をしていたのだ。亮太は怖くなったが、

「亮太君ね?」

 おばちゃんが懐かしい声で言った。その声は好きだったお姉さんの声だった。亮太は混乱したが、

「ごめんなさい。貴方があの日で来なくなってしまって、謝れなかったの」

 おばちゃんは特殊メイクをしたお姉さんだったと知り、亮太はようやく笑えた。

「本当にごめんね」

 そう言いながら特殊メイクを取ったお姉さんは十年前と全く同じ若々しさだった。

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