奇談その十 家飲み

 その日は無性に飲みたくなった。課長にネチネチと小言を言われたのと、彼女に別れ話を切り出されたのが重なり、精神的に参っていたせいかも知れない。行きつけの居酒屋でビールで喉を潤し、チュウハイで勢いをつけた。何軒目だったかは定かではないが、妙に気が合う同世代と思しき男とつるみ、更にはしご酒を重ねた。財布の中が寂しくなって来たので、家に帰って飲み直す事にした。誰もいない一人暮らしの独身寮だから、何の気兼ねも要らないとそいつも誘った。理由はわからなかったが、そいつとは話が合い、酒が美味かった。だからいくら飲んでも悪酔いしなかった。初めて会った奴なのに何十年もの付き合いがあるような感じがした。

「いくら飲んでも悪酔いしないなあ」

 するとそいつは微笑んで言った。

「たまにはそんな時もあるさ」

 ふと床を見ると、焼酎の瓶が三本転がっていた。そいつが差し出した瓶で四本目だ。多分、これで買い置きがなくなったはずだ。これを空けたら、お開きだな。そう言えば、酒の肴がない。チーズは食っちまったし、するめもかすしか残ってない。冷蔵庫を開いてみたが、マヨネーズとケチャップしかなかった。

「まあ、いいか」

 俺はゲラゲラ笑って、そいつとグラスを傾け続けた。

「こんな風にお前と酒が飲めて楽しかったよ」

 そいつの声が聞こえた時、不意に睡魔に襲われた。


 目が覚めたのは、外が騒がしかったからだ。玄関のドアの前に幾人もの人の気配がした。やがてドアのロックが外され、ドヤドヤと人が入って来た。先頭は寮長。相変わらず眉間に皺を寄せて神経質そうなジイさんだ。そしてその後ろからは、何故か別れた彼女が泣きそうな顔で入って来た。更に課長、同僚、警察、救急隊員。部屋の中はまさに立錐の余地もない程だ。何故か誰も俺には見向きもせず、奥の寝室に入っていく。失礼な連中だと思い、後に続くと、寝室には何故か血塗れで事切れている俺がいた。彼女の泣き声が聞こえた。そうか、昨日一度寮に帰って、カッターナイフで首を切って自殺したんだ、俺。いくら飲んでも酔わないはずだよ。そして、飲みに付き合ってくれたのは、子供の頃に死んだ親父だったのに気づいた。

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