奇談その十三 つかみ取り

 神田律子は新米ママ。仕事帰りにスーパーで食材を買い溜めしようと思い、今日は娘の雪を母に預けてきている。駅を出ていつもの商店街を進んだ。帰宅時間なので、どこの店頭にも仕事帰りの主婦達がドッと押し寄せている。律子はいつものスーパーに行こうと路地を曲がった。ところが、そこにはいつものスーパーはなかった。

「あれ? 曲がり間違えたかな?」

 周囲を見渡すと曲がり角にある薬屋の看板はいつも通り、向かいの靴屋も同様。なのにスーパーだけがない。

「移転したのかな?」

 一週間来なかっただけでそんな事があるだろうか? 不思議に思いながら、スーパーがあったはずの場所へと歩を進めると、少しだけ路地から奥まった所に別のスーパーがあった。そこも買い物客でごった返していた。

「卵十個で九十九円!?」

 ここのところ、卵が値上がりしているので、律子は狂喜した。

「お醤油が一リットルで百円? どうなってるの、このお店?」

 律子は目を見開いたままで店内へと入った。

「タイムセールです。これより、つかみ取りを開始します!」

 捻り鉢巻でハッピを着た店員が叫ぶ。周囲にいた客が途端に殺到した。律子も何だろうと思いながら、行列に並んだ。前にいるのは老夫婦、後ろにいるのは部活帰りらしき中学生女子。老夫婦の前にいた女子高生が穴の開いた大きな箱に手を突っ込んで取り出したのは携帯電話だった。

「え?」

 律子は変に思った。スーパーのつかみ取りで携帯電話? 老夫婦は入れ歯と補聴器を取り出した。ますます意味がわからなくなった律子だったが、取り敢えず箱に手を突っ込もうとした。

「ああ、ダメダメ。貴女はダメです、奥さん」

 ハッピの店員に止められ、店から追い出されてしまった。

「どういう事ですか?」

 カチンと来た律子が食ってかかると、店員は律子から買い物かごも取り上げて、

「貴女にはまだ資格がないんです。お引取りください」

 深々と頭を下げた。律子は納得がいかなかったが、

「わかったわよ」

 店員を思い切り睨みつけてその場を離れた。どうしても腹の虫が収まらないので振り返った。

「え?」

 するとそこには火事で焼け落ちたスーパーの残骸があるだけで、店員も客も誰もいなかった。

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