奇談その七 僕には過ぎた彼女
門脇昌文はこれといって取りえがない社会人三年目の男。ところが不思議な事に同じ営業課のマドンナ的存在である御子柴麻穂に告白された。課内の独身男子達は全員昌文を羨み、絶望感に襲われた。
「何でよりによって門脇なんだよ?」
課内で成績トップ争いをしている門脇と同期入社の枝島悠斗は呟いた。彼は密かに麻穂に告白しようとしていたのだ。
(どうして僕なんだろう?)
告白された昌文も同じだった。何故アイドル的存在の麻穂が自分を選んだのかわからなかった。
「私の事、嫌いなのですか?」
潤んだ瞳で小首を傾げてそう言われたら、大抵の男は逆らえない。昌文は呆然としながらも麻穂の告白を受け、付き合う事になった。
次の日から毎日麻穂は昌文のために弁当を作ってきた。見た目も味も最高。昌文は自分の人生の絶頂期だと思った。
「はい、これも飲んでね。絞りたてよ」
麻穂はどんな弁当にも必ずオレンジジュースを添えていた。麻穂の弁当が食べられるだけで幸せな昌文はどれほど妙な組み合わせでも喜んでオレンジジュースを飲んだ。
そして交際から一カ月が過ぎ、昌文は麻穂のアパートに招待された。誕生日だという。他にも友人が来るのかと思って行くと誰もいず、二人きりのパーティだと知り、胸が高鳴った。テーブルにはたくさんの料理が並んでいて、部屋の端には何故か動画投稿サイトにアクセスしたままのパソコンと油の入った業務用のフライヤーが置かれている。
「食事の前にお風呂に入る?」
流し目で麻穂に言われた昌文は心臓が破裂しそうになった。そして言われるがままに浴室に入った。すると妙な香りが漂っている。妙に思って湯船の蛇腹の蓋を退けると、そこにはオレンジジュースが並々と入れられていた。
「さあ、早く入って、昌文さん」
唖然としている昌文を麻穂がドンと後ろから突き飛ばした。昌文は頭からオレンジジュースの風呂に落ちた。慌てて顔を上げようとすると、麻穂の両手が昌文の頭を押し留めた。
「ダメよ、昌文さん、もっとよく浸からないと。オレンジジュースは肉を柔らかくするんだから。私、柔らかい唐揚げが好きなの」
遠のく意識の中で昌文は麻穂のけたたましい笑い声を聞いた。
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