奇談その八 丘の上の病院
二郎は生まれつき身体が弱い子である。日本の敗戦が濃厚になってきた昭和十九年、当時は不治の病の結核に
「はやくこっちに」
少女が微笑んで手招きする。二郎は微笑み返して歩き出すが、少女の手を取ろうとしたところで目を覚ます。それを何日も繰り返していた。あまりに不思議だったので、彼の身の回りの世話をしてくれている看護婦にその話をすると、
「それはきっと死の国の人よ。貴方の命を奪おうとしているに違いないわ。だからいくら呼ばれても行ってはだめよ。行ったら貴方はその子に取り殺されてしまうわ」
何故か怖い顔で言われた。更に看護婦は二郎の両肩を強く掴み、
「いい? 約束よ。絶対に行かないって誓って、二郎君」
有無を言わせぬその言葉に黙って頷くしかなかった。爪が肩に食い込むようでひどく痛かった。
二郎はその夜、また同じ夢を見た。同じように長い黒髪の少女が微笑んで手招きする。
「はやくこっちに」
二郎はふと看護婦の言葉を思い出し、
「僕に構わないで!」
大きな声で拒絶すると
「だめよ、二郎、そっちに行ってはだめよ!」
背後で少女が叫ぶのが耳に届いた。すると二郎の目の前に突然切り立った崖が現れた。二郎は勢い余ってそこから転落した。落ちながら、彼は全てを悟った。少女は数年前に丘の上の病院で結核で亡くなった姉、担当の看護婦だと思った女性は見た事もない顔だった事を。
(ああ、僕は死ぬんだ)
そう思い、泣いた。彼は確かに命を落とした。だが、それは結核が原因ではなく不審火による焼死であった。
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