奇談その五 数え唄
時に明治の大帝の御世の終わり頃。
徳川の時には上州と呼ばれた地にある安中宿の外れに小さなお堂があった。
そのお堂は何を祀っているのか知る者は少なかったが、ずっと昔からそこにあった。
そのお堂のそばで一人の女の子が鞠つきをしながら数え唄を唄っていた。
「一番初めは一の宮、二また日光中禅寺、三また佐倉の惣五郎、四また信濃の善光寺……」
女の子はニコニコしながら調子よく鞠をつき、唄を唄った。
ところが、夕闇が迫り始めた西の空から黒い雲がむくむくと湧いてきて、あっと言う間に土砂降りの雨になった。
「きゃっ!」
女の子は豪雨と共に現れた稲光に仰天し、鞠を小脇に抱え、一目散に駆け出した。
通り雨だったのか、彼女が家に着く頃には空は茜色になっていた。
女の子は濡れた着物を着替え、目を吊り上げて怒る母親から逃げるように風呂に入った。
『続きを聞かせろお』
何処からか濁ったような声が聞こえた。
「え?」
湯の中を見ると底に黒いモノがおり、赤い眼が爛々と輝いていた。
「ひい!」
女の子は驚きのあまり衣を着る余裕もなく風呂から逃げ出した。
ちょうど仕事から帰った父親が娘の怯えように驚き、理由を問い質した。
「そりゃあ、物の怪だ。祓ってもらわねえと」
父親は娘を引き摺るようにして、氏子である神社に赴いた。
神主に事情を話すと、神主は女の子を見て、
「今日は何してたんだや?」
女の子はお堂のそばで鞠つきをしていて、雨が降ってきたので家に帰ったと話した。
「お堂のそばにいた物の怪がついて来たんだんべ」
神主は
「これで大丈夫だ」
父親は神主とお祓いのお礼の話があるらしく、女の子は一人で先に帰った。
神主の言う通り、物の怪は姿を見せなかった。
寝床に入り、うとうととした時だった。
『続き聞かせろお』
今度は夢の中に赤い眼の物の怪が出て来た。
女の子が悲鳴を上げると、亡くなったはずのおばあが現れ、
『数え唄を唄い切れ。そうすりゃ、けえってくれるで』
女の子は泣きながら唄い始め、
「十は東京招魂社!」
最後は絶叫した。
『ありがとな』
物の怪はそう呟くと消えてしまい、それっきり出てこなくなったそうだ。
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