18、鯉魚石のはなし

 紀伊きいに住んでいた門兵衛もんべえという男は、やりの名人だったそうで、見事な腕の持主だったそうですが、趣味はむしろ庭づくりで、さまざまな配置に古松こしようを植えまわしたり、奇異な朽木を水盤の台にしつらえたりして凝った道楽をしていたのです。

 ある日、庭を眺めていると葛蔦かずらの流れが妙に気にかかって、竹杖をつかって右へ左へ動かしていると、うっかり古木でつくってあった台のひとつを杖の尻で撃ち倒してしまい、ぱっくりと二つに割ってしまったそうです。

 その古木は熊野くまのの浜に打ち上げられた細長いもので、門兵衛の愛玩していた台であったので大変口惜しがったのですが、よく見てみると、ふたつに割れた木の中から何か青黒いかたまりが出て来たのだといいます。

 なにやら得体の知れぬ細長いかたまりと見えましたが、手に拾い上げてみると、薄い部分と厚い部分とがあり魚のようなかたちをしており、そして触った心地が魚鱗ぎよりんのようなものであったことから、これを鯉魚石りぎよせきと呼ぶことにしました。

こけを巧く生やして庭に置いてみよう」

 と、門兵衛は考えたそうですが、何日かすると門兵衛の肩が痛くてあがらなくなり、日々のはたらきにも支障が出るようになってしまいました。原因不明だったことから、あの鯉魚石をおもてに出してしまったせいかも知れないと思い、ぎ直しておいた古木をまた開けて、元あったようにていねいに戻したところ、肩の痛みはすぐに消えてしまったといいます。


 古木の中に生き物が生じるということはにも見える伝説ですが、この鯉魚石は生き物になる途中で終わってしまったものを、たまたま見ることが出来たのかも知れません。

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