17、一本歯のはなし

 小間物屋の行商をしていたされていた爺が番町の奥の坂道あたりを歩いていると、向かい側から激しいせきの声が聴こえてきたのです。

 大変な咳こみぶりなので「これは難儀なものだろう、ひとつわしのでも分けてやろう」と足を早めて坂をのぼってゆくと、屋敷から塀ごしに突き出た枝の蔭に風呂敷づつみをかついだ若い男が立っていました。

 一本歯が声をかけて、紙の小袋の中から自分が日頃なめているを手渡そうとして相手と目があうと「あっ」と驚いてしまったといいます。

 大きく咳をしつづけている男の顔は、目と口の位置が天地さかさまだったのだそうです。


 一本歯は、たまげてしまいましたが、男は差し出したを受け取るとありがたそうに受け取って口に運び入れると、また二三、大きな咳ばらいをして、一本歯とは逆向きに坂道をくだっていきました。

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