16、とんぼ池のはなし

 常陸ひたちという池があったといいます。

 池といっても人工の手によるもので、昔はただの石の多い荒野だったそうですが、近くに新田しんでんひらかれたことにあわせて、何組かの者たちが協力して開削をした溜池ためいけのようなものでした。

 その、とんぼ池の近くは夏のころの天気雨の降る日には決まって馬のように大きなとんぼが出ると言われており、若い娘たちなどはよほどの用事が無いかぎり近くを通ることは避けていたのです。

 何年か前、金貸しの老婆が地蔵の縁日に出掛けた帰りに池のほとりをとおっていると、ちょうどぱらぱらと雨が天から落ちて来たと思ったら、もう目の前に丸太の棒のような体の大きなとんぼが石の上にとまって、老婆のことをじぃと眺めていたといいます。

 老婆は少したじろぎましたが、とんぼが動くことなくとまっていたので、目をつむり足早に池のほとりを駈け抜け、そのまま家まで振り返らずに休まず帰り、戸を厳重にたてて、まる二日間は外にも出ずに警戒をして、周囲の家の若い者などからはわらい者になってしまったということです。


 しかし、このとんぼ池は今から十五六年ほど前、別の新田が墾かれたおりに造られた大きな溜池から水が引かれるようになったことで役割を失ったのと、ひでりが何年かあったことから大きさが極端に小さくなったことを受けてか、が出るというはなしをする者も現在では無くなってしまったのだそうです。

 木下きおろし街道をかよって鎌谷かまがやあたりからやって来る三右衛門さんえもんという薪炭商の男が、これをよく語ってきかせていました。

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