11、国介と泥鰌のはなし

 尾張屋に何年か出入りしていた者で、信濃しなの生まれの国介くにすけという男がいました。右頬に大きなほくろがふたつ並んである男で、背はとても高く、素朴な人間でした。その国介が若いころ北の政吉まさきちという川魚を捕るのに長けた男のもとに手伝いに行ったときのことだそうです。

 政吉は主にやなというものをつくって魚を捕ったりしていたそうですが、動きがとても俊疾だったそうで目にもとまらぬ動きで、泥鰌どじようなどはおけに日に何杯も、豆を拾う程度の手軽さで次々と手づかみにしてしまいました。国介がその泥鰌どじようの桶をてんびんに荷なって政吉のあとについて歩いいると、あっという間に桶は重くなり、足がよろよろしてしまったといいます。


 あるとき国介が、政吉の家の前に設計されている生簀いけすに桶から泥鰌をひとりで移していると、水の中から「九月の十三日、九月の十三日」という大きな声がして来ました。

 国介は泥鰌がしゃべったのだと驚いて、政吉のもとへ飛んで駈けて行くと、家の中で茶をのんでいた政吉は「九月の十三日か、その日に食って欲しいということかも知れないから、そのときまで全部売りに出すのはやめよう」と平然と答えたのでした。


 「ひとつきも先までそんな悠長な気分でどうしていられるのか」と国介は祖母に尋ねてみると、政吉のところではときどき泥鰌が何かしらかの日付けを叫ぶときがあって、それがあったときにその日が来る以前に泥鰌を売りに出してしまうと、とんでもない大雨が四五日はつづくのだとはなしてくれたということです。

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