5、小槌魚のはなし

 津の国の柄三つかさん老人の語ってくれたもののひとつに、小槌魚こづちうおという怪魚の話があったのです。

 むかし、小間槌こまづちという太物ふともの商人が、旅でふとしたことから同道していた横佐よこざという男――横尾淵の佐吉という博徒なのだという。この佐吉という男の素性は越後えちごの国の織元おりもとの次男坊であるとされます――に、山道で首を締め殺され谷に蹴落とされたといいます。

 横佐の狙いは小間槌の所持していた無垢銀むくぎんで出来た文鎮ぶんちんで、それはある国の出入り先の武家の当主から拝領したものでした。「これを手に入れたからはとんと金まわりが良くなった」と語っていた小間槌の金嚢かねぶくろには、確かにそのとおり、随分と金も入っていました。

 無垢のと大枚の金を手に入れた横佐は、佐比江さびえの街へ繰り込んで遊び、半分ぐらいを使い果たしてしまいましたが、少しとこでの遊びにも飽きが来た頃、女郎屋の若いものをひとり供にして近くの川瀬へ雑魚掬じゃこすくいに出掛けたのだそうです。

 一刻いつときばかり、あははと笑いながら雑魚や川蝦かわえびなどを捕ってたのですが、「どど」と大きな音がしたので「何事だ」と横佐が振り返ると、若い衆が足をすべらせたのか、川瀬の中へうつ伏せに転がっていました。「しっかりしいや」と、しゃがんで肩から若い衆を起こしてみると、口の中から何かがプッと飛び出して来て、横佐ののどの奥までツーッとその何かが入ってしまったのです。

 横佐は、気のついた若い衆を連れてそのまま女郎屋へ帰りましたが、そのまま蒲団ふとんに寝付いてしまい、四五日すぎた頃に白っぽい水を多量に吐いて、そのまま死んでしまったといいます。

 死ぬ前日ごろから横佐はうわごとを言うことがあり、看病の者がそれを聞いたところ「右の腹が痛む、痛む、何かが出て来る」という内容だったので、医者にもそれを告げたのですが、薬では何も効果が無かったそうです。遺骸をどうしたものか店の者が困っていると、ふしぎなことに横佐の口の中から、一匹の小魚が跳ね出て来て彼の荷物のところでびちびちと動き回ったかと思うと、そのままぐったりと動きをやめてしまいました。

 その小魚の死んだのを取り除けようとしたところ、横佐の荷物包みの中から、無垢のが転がり出て来ます。その女郎屋の者にはそれに見覚えがある者が幾人か居たものですから「オヤ、あれはこのまえ谷に落ちて死んだ小間槌サンの……」と、悪事のいとぐちが露顕したということです。


 その小魚とをひとまとめに埋めて、児土こつちと彫った石を建てた鄙祠ほこらが一時はあったといいますが、十何年も前に大雨があった時に土砂に埋もれて以後は、棒杭ぼうぐいだけが建てられているのみで、知る者などもわずかであるとの話でした。

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