4、灯器殻のはなし

 灯器あけしと言うのは、津の国から年々顔を見せにやって来る老人によれば背のすこし高い脚のような台のついた灯明皿のことだそうで、黒森深き寺社の石段などで、これを用いることがあるのだといいます。灯器殻あけしがらというのは、その灯器あけしによく似た形をしているのですが人間のこしらえた物では無く、天然に造化された物であるというふしぎなものです。

 津の国のその柄三つかさんという老人が幼い頃に、それが数多く浦で採れた年があったといいます。村のある者などはそれを何十幾つも背負って中国路を「これは仏壇の灯明台にすると地蔵の御利益がある」などと浮説をつけて売り歩いてまわり、ちょっとした小金こがねを溜めて帰って来たという話もあったのだそうです。


 天然に生まれたものであるというのはどういうことかとけば、「灯器殻は四国より南の沖に居るというある種の魚の眼玉をささえているすじなのだ」との話で、くじらがその魚を連れて来るのですが、平常は沖で食べられてしまうのでその食べかすとして灯器殻が流れつくことは滅多になく、たまたま津の国近くにまでその魚が残ってた年に、数多く見つかったのではなかろうかという答えでしたが、鯨のような大口の魚が食べた小魚の筋なんぞを人間がのどに小骨を立てた時のように出したりするものであろうかという疑問もわきます。むしろ、鯨が食べた魚の筋などでは無く、鯨そのものの筋などでは無かったのかとも思われます。


 「地蔵の利益がある」とかたった者があったという話は何から出たかと言えば、灯器殻の皿のようになっている部分に八葉蓮華のようなものが浮かんで見えるからだそうで、さとい者の眼の付け所は大したものであるともいえます。

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