1、猿の車のはなし

 相模さがみの西のほうの海で、「さるのくるま」と呼ばれるものが海の中から上がって来ては、人を取っていって喰うなどという話が出たといいます。

 おもしろいことには、海に直接触れて暮らしている漁村のひとびとがそう語るのでは無く、それをぱくぱくと語ったりするいい年の大人や、がたがたと怖がったりする少女や婦人などは大抵、海から何町か離れた武家の者だったとか。


 そんな話をしばしば語ってたという武家屋敷に出入りしたことのあるという魚屋から聴いたところの詳しい話は次のようなものでした。



 延宝えんぽうのころ〈十七世紀後半〉、影山かげやまという武士が海岸で釣りをしていると何か重たい物が水面に飛び込む音が三度ばかり、等間隔なをあけて聴こえたんだそうです。

 並の音の響きではなかったので「人でも落ちたのでは無いか」と思った影山が音の聴こえたほうに歩いていって見ると、海岸近くの磯の潮にもまれて浮かんでるものがあったのです。

 月明かりに透かしてジッと確かめてみると、さるが四頭、車輪のようにまるく足をつないだ形になったものが二つと、車輪のようなかたちの小豆あずき色の毛がもじゃもじゃと生えたものがあったので大層ふしぎに思った。

 影山は、足のかかるところまで下りて行って、そのうちの車輪のようにつながった形の猿をひとつ、磯から引き上げてみることに成功したので、何ともふしぎな猿の所業だと感じ、それを布に包んで持ち帰ったんだそうです。布で包んだのは、おもしろい形につながっている猿がばらけてしまうのを危惧したからでしたが、猿は四頭とも既に呼吸いきをしてはいませんでした。

 役宅に帰って、影山が包みをひらいてみると、それが猿四頭であったと分かるかたちでは無くなっており、先ほど磯で見たうちのひとつ、毛がもじゃもじゃと生えた車輪のようなかたちに変じていました。

 「さては猿が海に入るとこのようなかたちに変化するものなのか」と影山は考えたのですが、何を思ったのか、妻にこれを刺身にさせて酢味噌すみそをつけて食べてしまったといいます。


 何でも、影山はたつどしの生まれだそうで、辰どしの武士は猿を食べると胆力たんりきが増して強くなる、という言い伝えを実践したもののようです。


 翌朝、妻が影山を寝所しんじよに起こしに行くと、身体にかけてあったふすまは室内の端にはねのけられて、影山は右肩を深く咬み取られた姿のまま、まるく倒れた姿で亡くなっていたのだといいます。



 の主人がいうには、ひとびとの言っている「さるのくるま」というのは、影山が磯でひろって食べた車輪のように組み合って海中に入って不気味なかたちに変じていた猿たちのことを指して呼んでいたものが、いつの間にか、相当おそろしげに人を襲うなどと語られるようになったものと見える、とのことだが、そのような変化が実際にあるものなのか、造化のふしぎは人知の及ばない部分があるので、そのようなことが実際にありうることならば見てみたいものです。

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