第22話 中央司令室

 目覚めたロボ之助はしばらく天井を見つめた。そしてベッドから起き上がり、窓に向かった。ブラインドが自動で開く。窓の外は薄暗い。雨が降っているようだった。


「今日は外に出られないなあ」


「出たいのか」


 天井から低い合成音声が聞こえた。


「ああ、クエピコ、おはよう。もう起きてたの」


「回答する。セントラルコンピューターは眠らない。インターフェイスが眠ることはあり得ない」


「そりゃそうだね」ロボ之助は苦笑した。「でもそれならロボットのみんなはどうしてるの。眠ってるのはおいらだけなのかな」


「回答する。HEARTシステムにはメンテナンスモードがある。それには毎日四時間程度の疑似睡眠を必要とする。人間よりも短いが、ロボットも眠らねばならない」


「そっか。だからおいらも眠るんだね。当たり前過ぎて博士に聞いたこともなかった」


「回答する。現代のHEARTシステムは、おまえに搭載された初期型を一旦簡略化し、それをより高度に独自進化させたもの。同じではないが、同様の傾向が見られる蓋然性は高い」


「みんなも夢を見るのかな」


「回答する。ロボットは夢を見ない」


 ロボ之助は小さくため息をついた。そして天井を見上げた。


「ねえ、クエピコってどこに居るの」


 クエピコは一瞬沈黙した。言い淀んでいるようにも思えた。


「……回答する。私はインターフェイス。システムのあらゆる場所に存在する」


「そうじゃなくてさ、大元のクエピコはどこに居るの」


「インターフェイスはネットワークの内側に存在している。大元という概念はない」


 ロボ之助はいかにもがっかりした様子を見せた。


「ただし」クエピコは続けた。「インターフェイスの演算処理を中心に行う装置はセントラルコンピューターではなく、中央司令室にある」


「それどこ。行ってみたい」


 ロボ之助は顔を上げた。




 廊下を進むと、足下の誘導灯が点滅する。その点滅が続く方向に向かってロボ之助は歩いた。


「廊下が動いたりはしないんだね」


「回答する。神殿の廊下は様々な大きさ、様々な重さの物が移動する。廊下を動かすのは合理的ではない」


 そんな声を天井から聞きながらロボ之助が向かった先にあったのは、エレベーター。


 エレベーターに乗り込むと、自動でボタンが押される。地下十二階。


「随分深いんだね」


 感心するロボ之助に、天井の声が答えた。


「回答する。あらゆる敵対勢力の攻撃からの防衛を考慮された結果、この深度に至った経緯がある」


「敵対勢力がいるんだ」


 ロボ之助が驚いた声を上げると、クエピコはやや言いにくそうに答えた。


「いるという想定で計画された。いまは公然と敵対する勢力はいない」


「あ、そうなんだ」


 聞いちゃいけなかったのかな。気を悪くしてなきゃいいけど。ロボ之助がそんなことを思っているうちに、エレベーターは地下十二階へと到着した。




「ようこそ、中央司令室へ」


 出迎えたのはアルファ501の声。だがロボ之助の視線はアルファ501を探す前に、思わず天井を見上げた。高い天井。しかも丸い。中央司令室はドーム状の空間であった。その壁面に沿って無数のモニター画面が並んでいる。


「すごい数」


 圧倒された様子のロボ之助に、アルファ501が近づいた。


「各神殿の状況がリアルタイムで報告されています」


「へえ、それじゃ神殿の数だけモニターがあるんだ」


 しかしアルファ501は笑顔で首を振る。


「いいえ。モニターの数は神殿の数より二十パーセントほど多いです。複数のモニターを必要とする神殿もありますし、神殿以外にもモニタリングすべき施設はありますので。おはようございます、ロボ之助さま」


「おはよう、朝早くから仕事してるんだね、アルルン」


「アル……ルン」


 一瞬けたたましい笑い声が響いた。部屋の奥を見ると、イプシロン7408が口を押さえている。


「別に早くなんかありません」


 眉を寄せて、いつになくツンケンした様子でそっぽを向いた。


「もう八時を過ぎています。普通のロボットなら働いていて当然の時刻です」


 イプシロン7408の言うことは正しいらしい。中央司令室にはたくさんのロボットが働いていた。ただ何故だろう、顔はみな仮面のようで、表情を作る機能が一切見られなかった。


「そうみたいだね、この神殿にこんなにたくさんロボットがいるなんて、おいら知らなかったよ」


「何を言っているのですか」


 小馬鹿にしたようなイプシロン7408の声に、ロボ之助は首を傾げた。


「へ?」


「この知恵の神殿にいるロボットは、神様以外には私とアルファ501の二人だけですよ」


「え、でも、みんないるじゃない」


 ロボ之助は不思議そうに周りを見回す。イプシロン7408は困ったような顔をした。


「彼らはロボットではありません。ツーラーです」

「……ツーラー?」


 一層首を傾げるロボ之助に、イプシロン7408が説明する。


「彼らはロボットの為すべき作業を代わって行えるよう、ロボットに近い体の構造をしています。指示を理解し正しい判断を下せるようにAIが組み込まれています。しかしHEARTシステムを搭載していません。彼らはあくまでも道具なのですから」


「でも、でも人型の機械だよね?」


「人間基準で考えるならそうなりますね。ですがロボットとしての条件を満たしていないのですから、ロボットではありません」


「へえ、そうなんだ」


 そうは言ってみたものの、ロボ之助にはまるで理解できない。だが否定しようにも、何をどう否定すれば良いのだろう。ロボ之助は考えた。アルファ501とイプシロン7408は、不思議そうにその顔をのぞき込んだ。ロボ之助は何かに気づいたかのように、はっと顔を上げた。


「ねえ、クエピコは何でも知ってるの」


 正面にある、特別大きなモニター画面のすぐ隣にある、小さなモニターが青く輝いた。


「回答する。評議会の定めたロボットと人が知るべき事なら何でも知っている」


「じゃあ、おいらの博士がどうなったか知ってる?」


 一瞬の間があった。


「回答する。大邦博士は新創世にともなう災害発生時に被災して死亡した蓋然性が極めて高いと記録されている。死んだときの様子についてはデータベースにない」


「そっか、寿命で死んだんじゃないんだ」


 それはロボ之助の知らなかった事実。だが動揺はしなかった。どんな死に方をしたにせよ、博士がもういないのは変わらないのだから。


「そっか……じゃ、QPは」


「QP」


「うん、おいらの兄ちゃん。すっごい優秀なロボットだったんだよ」


 今度ははっきりとした間があいた。戸惑っているようにイプシロン7408には感じられた。クエピコは答えた。


「回答する。QPの安否は不明である。なお、QPはロボットではない」


「……」


「QPにはHEARTシステムが搭載されていなかった。ゆえにロボット以前の機械であり、ロボットとは呼べない」


「そんなことないよ」


 ロボ之助の声は震えていた。


「QPは立派なロボットだよ。すっごくすっごく立派なロボットだったんだよ」


 しかしクエピコは認めない。


「否定する。HEARTシステムが搭載されていないモノは、ロボットと呼んではならない」


「そんなのおかしいよ、絶対絶対おかしいよ。じゃあおいらは。おいらだってみんなと同じハートシステムはついてないよね」


 興奮するロボ之助を、アルファ501とイプシロン7408がなだめた。


「ロボ之助さま、どうされたのです。落ち着いてください」


「そうですよ、クエピコは何もおかしなことは言っていません」


 しかしクエピコは火に油を注ぐかの如く、ロボ之助にこう言った。


「回答する。おまえはオリジナル・オブ・オリジナルズ。唯一無二の特別な存在」


「そんな特別なんていらない! どうしてわかってくれないの、おいらがロボットならQPもロボットだよ。ツーラーだってロボットなんだよ」


「否定する」


「クエピコのわからず屋! みんなみんなわからず屋だ!」


 ロボ之助は中央司令室を飛び出した。

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