第16話 ホームシック

 はあ。ロボ之助はため息をついた。もう何度目になるだろう。知恵の神殿の窓から外を眺めては、一人ため息をついている。物寂しいし、物悲しい。


 部屋のドアがノックされた。ロボ之助が振り返ると、ドアが開いてイプシロン7408が覗いていた。


「あ」


「言っておきますが、ドアを開ける前にもノックはしましたから。勝手に開けたとか思わないでくださいね」


 イプシロン7408はツンとそっぽを向いた。


「いや、そんなことは思わないけど。何か用なのかな」


「用なんかありません。ただ神さまが元気がないってクエピコが気にしていたから、様子を見に来ただけです。それで、元気がないのですか」


「ああ、うん、何か元気が出ないんだ。何でだろ」


「そんなの知りません。私たちならこんなときは病院で調整してもらうんですが、神さまは私たちと体の構造もHEARTシステムの中身も違いますからね、調整できるのかどうかもわかりません。歌祭の気分高揚プログラムも神さまには使えないでしょうし」


 ロボ之助はガックリと肩を落とした。


「そうなんだ。どうしようもないのかな、これ」


「気分転換でもしてはどうですか。ロボットに気分転換が効果あるとは聞いたことがありませんけど、人間はそうしていますし、だいたい閉じ籠もっていても良いことなんか何もありませんよ」


「ははは、そうだね、そうしてみようかな」


 ロボ之助は力なく笑った。


 歌え歌えや歌祭

 小鳥が歌い草木が歌う

 機械の歌と人間の歌を

 命の祈りを歌声に乗せて

 歌え歌えや歌祭


 歌声が小鳥の声の聞こえない空に響いている。行き交う人影の、ひょうたん型に結われた髪の毛が揺れている。ロボ之助は知恵の神殿の玄関から外を見ながら、どうしようか迷っていた。


 そもそも気分転換に外に出るにしても、ロボ之助がこの時代に知っている場所は、ここ知恵の神殿以外には火の神殿だけである。火の神殿との間を往復するだけで、気分転換が出来るのだろうか。


 とは言え、このまま悶々とした気分のままでじっとしているのも辛い。思い切って外に出てみようか。そうだ、出てみよう……待てよ。こないだオープンカーに乗ったとき、どっさりロボットが集まったよな。またあんなことにならないだろうか。いや、案外ならないかもしれないぞ。みんな一度見てる訳だし、もう騒ぎにはならないんじゃないか。きっとそうだ。よし、出てみよう。


 迷った末にロボ之助は玄関から外に出た。歌声が聞こえる他は、静かな街。大きな騒ぎなど起きそうにない雰囲気。


「なんだ、やっぱり大丈夫じゃないか」


 気の大きくなったロボ之助は、大股で神殿の正門へと向かった。そして正門を出る。街は静かだ。よしよし大丈夫。ロボ之助は火の神殿の方へ向かって歩き出した。


 いまは九月、天高く馬肥ゆる秋。青い空には薄ら筋雲がかかっているだけ。昼間の日差しはまだ強いけれど、着実に季節の変わり目が迫ってきている、そんな空気。エンジンは快調、ラジエーターに吹き込む風も心地よい。うん、少し気分が良くなってきたような気がする。それにしても街は静かだ。あれ、ちょっと静か過ぎないか。そう言えば歌が聞こえてこない。


 ロボ之助は後ろを振り返ってみた。そこには壁があった。ロボットたちが歩道にぎっしりと集まりすぎて、壁のようになっていたのだ。その壁の中で、子供型のロボットが一人、ロボ之助を指さした。


「神さまだ!」


 その声と同時に壁は崩れ、まるで大波のようにロボ之助へと迫って来る。ロボットたちはみな口々に何かを叫び、ロボ之助に触れようとその手を伸ばしながら、駆け寄ってきた。


「うわわわわっ!」


 ロボ之助は思わず逃げ出した。しかしロボットの集団は追いかけてくる。ロボ之助は咄嗟とっさに両脚を格納し、タイヤを出した。そしてエンジン全開、車道に飛び出し、トップスピードで駆け抜ける。


 だが今度は、併走する電気自動車のドライバーが目を点にした。あちこちでブレーキ音が頻発し、にもかかわらず衝突事故が起こらなかったのは、さすがロボット社会というところか。けれど、たちまち渋滞が発生し、歩道ではロボットたちが将棋倒しになり、街は大混乱に陥った。


「何で、おいらどうしたらいいの」


 ロボ之助が泣きそうになったとき、一台のエンジ色の大型セダンが隣に並んだ。その後部座席の窓が音もなく開く。


「ロボ之助さん」


「あ、ドリちゃん」


 窓から顔を出したのは、確かにドリス・カッパーバンド。そしてドリスは、いきなり走行中のセダンの後部ドアを開けた。


「乗って」


 運転席のメイドが悲鳴にも似た声を上げる。


「お嬢さま、危険です!」


 しかしドリスはドアを開けたまま、ロボ之助から目を離さない。


「早く乗って」


 ロボ之助はセダンのフレームを両手で掴むと、一気に後部座席に飛び乗った。


「いつもの場所へ、急いで、早く!」


 メイドにそう命じるドリスの顔には、抑えきれないワクワク感が溢れていた。

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