第17話 蠢く黒

「今日は孫娘が居ないんだな」


「その方が都合が良いだろう」


「確かに」


 ジョセフ・カッパーバンドは書斎に入ってきたゴリラの如き巨体を睨みつけるように見つめている。やりにくそうな顔のそのロボットは、南極でロボ之助を見つけたデルタ9813であった。


「早速だが、見せてもらおう」


「はいよ」


 ジョセフの言葉にそう答えると、デルタ9813は自分の腹を軽く突いた。すると腹が開き、中の空洞が現れる。そこに手を入れ、ガラスの小瓶を取り出した。その手をジョセフの顔の前に突き出すと、軽く振ってみせた。瓶の中では真っ黒な、液体のような何かがうごめいている。ジョセフは何も言わずそれを受け取り、そして瓶の中をしばしの間無言で見つめた。


「契約には入ってないことだが」デルタ9813はたずねた。「興味本位で聞いてもいいか」


「何だ」


「そんな物、何に使うんだ」


「世界平和のためだ」


 デルタ9813は苦笑を返す。


「いまのこの世界は平和だろう。争いごとらしい争いごとは、ここ五十年以上起きちゃいない」


「ではなぜお前たち軍事モデルのロボットが作られ続けている。それを考えたことがあるか」


「パワーバランスだろ。政治屋はそう言ってる」


「そうだ、仮初かりそめのパワーバランスで、世界は均衡を保っている、と評議会は主張する。だがそんな平和は、一瞬で消えてなくなる砂糖菓子のようなものだ。だからワシは平和を求める。仮初めではない、真の平和だ。そのためには力が必要となる。世界をひっくり返す力がな」


 そう語るジョセフにため息を一つ返すと、デルタ9813はニヤリと笑った。


「俺が軍に配属されたときの上官がよく言ってたっけ、平和主義者ほど争い好きな奴らは居ないってな」


 ジョセフは何も言わず、無表情にデルタ9813を見つめている。デルタ9813は居心地悪そうに頭を掻いた。


「しかしそいつは人類にとっちゃ天敵のはずだろ」


「いまの人類にとってはロボットも天敵のようなものだ。だが人類はロボットと共存している。ならばこれとも共存できるはずだ」


「おいおいひでえな、俺は人類の友達のつもりなんだが」


「人類に友は居ない。居るとするなら、遙か宇宙の果て、これを創った者たちくらいだろう」


 ジョセフはガラス瓶を揺すった。黒々とした何かがまた蠢く。


「宇宙樹人造説か。まあ、対価は受け取っているんだ、今更あんたのやることに文句はないが、できれば俺たちの手をわずらわせることだけはやめてくれ」


 デルタ9813の言葉に、ジョセフは静かにうなずいた。


「最大限の努力はしよう」


「ホントかね」


 疑わしげな言葉を残して、デルタ9813は部屋を出て行った。

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