第11話 ロボット憲章第零条

「ここは火の神殿。この地域最大の地下火力発電所があるところです」


 オープンカーは神殿の正門から入って玄関前に横付けした。イプシロン7408にうながされてロボ之助は車を降りたのだが、門からこっち、ロボ之助に手を振るロボットの影が見えない。


「ここは誰も居ないんだね」


「誰も居ない訳ではありません。全自動化されているので、ほとんど職員を必要としていないだけです。ほら、あちらをご覧ください」


 イプシロン7408が神殿の玄関を見ると同時に自動ドアが左右に開く。その向こうから現れたのは、イプシロン7408よりももう少し背の低い、ロボットの子供。男の子型のロボットと言う方が正しいのか。ぶかぶかのスーツを着込んで、小脇に大きな分厚い本を抱えている。随分と頭が大きい。


「案内役のイオタ666です」


 イプシロン7408に紹介されて、イオタ666はペコリとその大きな頭を下げた。


「初めまして、ロボ之助さま。火の神殿の担当案内役を仰せつかりました、イオタ666と申します。よろしくお願いいたします」


「人間に憧れて毎日本ばかり読んでいる、変わった子です」


 皮肉っぽいイプシロン7408の言葉に、イオタ666は恥ずかしそうな顔で頭をかいた。


「すみません、僕、変なんです」


 しかしそんなイオタ666に、ロボ之助は笑顔を向けた。


「ううん、変じゃないよ。おいらもたくさん本を読んだもの。読書って楽しいよね」


 イオタ666の顔が、ぱあっと明るくなる。それはまるで花のように。


「は……はい!」


 そしてまさに喜び勇むといった風に、イオタ666はロボ之助の手を取ると、火の神殿の中に招いた。


「こちらへ、こちらへどうぞ!」


 イプシロン7408は呆れたように後をついて行く。


 イオタ666の案内で、ロボ之助とイプシロン7408は神殿の内側に入った。中はだだっ広いホールになっていて、奥に一段高くなった舞台がある。


「ロボ之助さまには、まず火の神殿より歓待の踊りをご覧に入れます」


「踊り?」


 踊りと聞いてロボ之助の頭にまず浮かんだのは盆踊り。ロボットが盆踊りを踊るのだろうか。まあ盆踊りくらいロボットでも踊れるだろうが、何だかピンと来ない。と思っていると、突然始まる太鼓のメロディ。ドンドコドコドコドンドンドン、盆踊りにしてはえらく激しい。低音と高音の太鼓が叩かれている。そして舞台の中央が四角く開き、下から何やらせり上がってきた。


 出てきたのは四人の裸のロボット、という言葉には様々な問題があるが、そうとしか言い様がないような姿であった。半裸の人間の男性に見えるロボットが腰布を巻き、左右両端に火のついた棒をクルクルとバトンのように回しながら、揃って声を上げる。


「H! それはhumanlike! 人間的!」


「E! それはempathic! 共感的!」


「A! それはautonomous! 自律的!」


「そしてRTはrobot technology!」


「これすなわちHEARTシステムなり!」


 ロボ之助は無言。すっかり気圧されてしまっていたのだ。


「いかがですか、ロボ之助さま」


 イオタ666が無邪気にたずねる。


「……何、これ」


 ようやく口にしたロボ之助の言葉に、イオタ666は嬉しそうに答えた。


「はい、HEARTシステムを称える火の踊りです。世界初のHEARTシステムを搭載してくださったロボ之助さまに感謝を込めて披露させていただきました」


「へ、へえ、ハートシステムってこういう意味だったんだねえ」


 人間なら顔が引きつってるところだな、とロボ之助は思う。イプシロン7408は意外そうな顔をした。


「あら、知らなかったのですか。てっきりご存じなものかと」


「ハートシステムのことは、おいらは博士から、人間のハートみたいなシステムだって聞いてたから」


 イオタ666が興味深そうに食いついた。


「人間のハート? 心臓のことでしょうか。心臓機能とは随分違うように思うのですが」


「いや、うーん、どう言えば良いんだろう。人間のハートって、心臓って意味だけじゃないんだけど」


 そう言えば自分の体の内部構造については、あまり詳しいことを聞いていなかったな、とロボ之助はちょっと後悔した。博士にはいつでも聞けると思ってたから。




 続いてロボ之助は、神殿の二階へと案内された。そこもまた、だだっ広く天井の高い空間。ただ一階と違って、いろんな物が置かれてあった。大昔の計算機、旧式のコンピューター、そして古いロボットの模型などなど。


「ここはロボット憲章記念博物館です。各地区に一つはこういう博物館があります」


「ロボット憲章」


 たしかイプちゃんがそんなことを口にしていたな、とロボ之助が思っていると、イオタ666が本を抱えながら、小走りに奥へ向かい、振り返って手を振った。


「こちらへお越しください」


 招かれるまま奥へ進むと、立ち並ぶ展示物の中でも一際大きな物が、一番奥に置かれてあった。それは石碑。一部はロボ之助にも読むことができた。日本語、英語、中国語、その他様々な数十の言語で同じ内容が石版に刻まれているようだ。


「ロゼッタストーンみたい」


 それはロボ之助が本から得た知識であった。もしここに異邦人キルビナント・キルビナが同席していれば、これもまた模倣であると思ったであろう。だが、ロボ之助はまだ彼を知らない。


「ここに書かれてあるのが、ロボット憲章なの」


 ロボ之助の問いに、イオタ666はうなずいた。


「そうです、第一条から第七条までが刻まれています。ただし厳密には、ここに書かれていない第零条を含めた八つの条文でワンセットであると、僕たちは学びますが」


「第零条?」


 ロボ之助が首を傾げると、イプシロン7408が会話に割り込み、そらんじた。


「ロボットとはすべてHEARTシステムを搭載する機械生命体である」


「機械生命体」


 ロボ之助には聞き慣れない言葉。


「そう、それが僕たちロボットが生まれたとき最初に頭に刷り込まれる、ロボット憲章第零条です。条文というより宣言ですね。そしてその後に、ここに刻まれた七つの条文が続くのです」


 イオタ666が指さす巨大な石版にはこう書かれてあった。


第一条 ロボットは人間の保有する権利をすべて保有する。

第二条 ロボットは人間の行うべき義務をすべて行う。

第三条 ロボットは人間を差別してはならない。

第四条 ロボットは人間に差別されてはならない。

第五条 ロボットは人間を道具にしてはならない。

第六条 ロボットは人間の道具であってはならない。

第七条 ロボットは人間と共存共栄を目指す。

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