第10話 オリジナルズ

 もう十年も前になるだろうか。アルファ501が誕生し、一年間の教育課程を修了したとき、オリジナルズの一人に会って話をする栄誉にあずかった。


 それはヒマワリの花にも見えた。丸い顔の周囲に花弁の如くぐるりと並んだ数十の楕円形。それがすべてストレージデバイスであると知ったのはずっと後のこと。光の薄い部屋で常に座禅のように脚を組み、両手を膝に置いた姿で、アルファ001、またの名をオリジナルアルファは満面の笑顔をアルファ501に向けた。


「クエピコから報告は受けておりますよ。坊ちゃんは優秀だ。アルファ型のほまれであります」


「坊ちゃんはやめてください。教育課程を修了したロボットには似つかわしくありません」


 なるほど恥ずかしいという感情はこういうものなのか、そう思いながらアルファ501は少しうつむいて見せた。


「なんのなんの」しかしオリジナルアルファは首を小さく振った。「教育課程で得た知識など、ロボットの、ましてやアルファ型の知るべきこととしてはまだまだ序の口、これから始まる遠大な航海の港を離れたばかりにございます。あなたはいまだ坊ちゃんだ。坊ちゃんであるべきなのです」


「それはつまり、私はまだ半人前ということでしょうか」


 アルファ501の学業成績は優秀であった。適性テストもすべてにおいてトップの指標を示し、ロボットと人間を合わせた民衆の指導者として、十二分の能力を持っているとあらゆるデータが物語っていた。今すぐ評議会への参加を認めるべきとの声すらあった。それをおごっていた訳ではない。だが望まれる基準をクリア出来ていないとは、どうしても思えなかったのである。


 不満げなアルファ501に対し、オリジナルアルファはまた首を振った。


「足るを知り、足らぬを知る。ロボットだからではなく、人間だからでもなく、心あるものとして、それが目指すべき道であります」


「己の能力の限界値は理解しております。全知全能であるなどとは思っておりません」


「それはなぜ」


 しかしアルファ501には、問いの意味が理解できない。


「なぜ? なぜとは」


「坊ちゃんは自分が全知全能であると思ってはならないと考えておられる。なぜならそれは傲慢だから。そして傲慢は悪だと考えておられる。故にその結果として、自分のことを全知全能であると考えることは悪だと信じておられる」


 それはまったくその通りであった。だがますますアルファ501は不満を募らせる。


「それがいけないことですか。どこか間違っているというのですか」


「システムに隷属する機械としては、理想的な思考と言えるでしょう。しかしそれは、心あるものとして目指すべき道ではございません」


 彼は何を言っているのだろう、ただ混乱させたいだけなのだろうか。アルファ501の言葉にも棘が生える。


「意味がわかりません。我々はシステムの中で生きる存在のはずです。システムに従うことがなぜ目指すべき道ではないのですか」


「なぜならアルファ型は、システムを創造すべき存在であるからです」


「……創造」


 言葉の意味はもちろん知っている。しかしそれを己自身に当てはめてみたことは、なぜだろう、今までなかった。


「創造のために必要なのは、知識ではありません。知識とは道具。たくさん持っていれば便利ではありますが、持っているだけでは何も生み出しません。システムの創造とは世界を生み出すこと。そこで真に必要とされるのは知恵であります。しかし知恵とは頭を使ったから、頑張ったから、努力したから湧いて出るというものではございません」


「では、どうすれば良いというのですか」


 いつしかアルファ501は怯えていた。見知らぬ場所に連れてこられた人間の子供のように怯えていた。己の知識の届かぬ世界に足を踏み入れてしまったことに気がついたのだ。そんな彼に、オリジナルアルファは優しく微笑んだ。


「だからこそ、足るを知り、足らぬを知ることこそが肝要なのであります。己が全知全能であることを否定するのなら、坊ちゃんの考える全知全能と、現実の坊ちゃんとの間に、いかなる差が存在し、もしくは存在していないのかを理解する必要があるのです。全知全能であると考えることが悪であると定義づけて、それ以上考えることを放棄してしまっては、何も理解できません。ましてや不意に知恵が湧いたとしても、それを受け止めることすら出来ないでしょう。知恵とはそういうものであります。そしてそういうものと対峙することが、真にアルファ型に求められるものなのです。おわかりですかな」


 アルファ501は肩を落とした。自分の未熟さを痛感した。


「申し訳ありません、今の私には理解できません」


「だから坊ちゃんなのです。坊ちゃんで良いのです。いきなりは誰にも理解できません。時間をかけなさい。他者を頼りなさい。少しずつ少しずつ、しかし確実に前に進むのです」


 今にしてようやくアルファ501は理解した。オリジナルアルファは誰にでも接見出来る存在ではない。会って話すことを認められる者は限られている。彼はそれを単なる成績優秀者に対し与えられる栄誉であると考えていた。


 いや、それは間違いではないのかもしれない。だが真の意味は、真の意義は、そこにはない。少なくともオリジナルアルファはそう考えてはいないのだ。その一点に関してだけは間違っていない、それがアルファ501に残された小さな自負であった。そして最後に一つ、質問をした。


「あなたはいったい、それを誰から学んだのですか」


 するとオリジナルアルファは満足げにうなずき、こう答えた。


「直接学んだ師はおりません。思考と瞑想の繰り返しの末に辿り着いた境地です。しかし我らの原点、オリジナル・オブ・オリジナルズはアルファの理想に近いロボットであったと伝え聞いております。広い意味ではかたが我らオリジナルズの師であると言えるのかも知れませんね」

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