第9話 目眩とパレード
「ねえ博士」
「何をつぶやいているのですか、神さま」
「へ?」
またイプシロン7408の声に、ロボ之助は目を覚ました。
「あれ、おいらまた夢を見てたのかな」
「ロボットは夢など見ませんよ、人間じゃあるまいし。そんなことより、立ってみてください」
「え、立つって、おいら動けないんじゃ」
「何言ってるんですか。もう修理は終わりました。だから立って歩いてみてください。部品の不具合はありませんか」
「あ、ホントだ。立てる、歩けるや」
手足も動くし、首も回せる。ロボ之助は嬉しくなって、全身のあちこちをグルグル回し始めた。イプシロン7408は呆れ顔だ。
「とりあえず大きな不具合はないみたいですね。では動作確認を兼ねて、神さまに一仕事していただきます」
「おいら神さまじゃないよ、ロボ之助だよ」
「知ってます」
「仕事って何するの?」
「車に乗って手を振るだけの簡単なお仕事です」
「へ」
それを見たとき、キルビナント・キルビナは目眩にも似た感じを味わった。電子頭脳が激しい違和感を覚えたのだ。彼の視線の先には、ロボットがいた。もちろん、周囲どこを見渡してもロボットはいる。だがそこにあったのは、鮮烈な赤い色の、丸みを帯びた箱型の胴体をした、かろうじて人型とは言えるが、人間とは似ても似つかない、彼がこの惑星にやって来た二百年前の記憶の中から飛び出したような――一瞬タイムスリップでもしたのかと思った――きわめてオールドスタイルなロボットの姿であった。
キルビナント・キルビナのセンサが告げる。それは外観だけではなく、その内部に至るまですべてが時間を超越した旧式であると。なぜこんな古いロボットがこんなところにいるのだ。博物館から抜け出しでもしたのだろうか。赤い旧式ロボットは神殿の前に停めてあったオープンカーに乗り込んだ。周囲のロボットたちが注目している。面白そうだ、と思った訳でもないのだが、キルビナント・キルビナは離れた場所から後をつけてみることにした。
「皆さま、お待たせいたしました、我らがオリジナル・オブ・オリジナルズ、ロボ之助神さまの登場です」
どこにいるのかわからない司会者の声とともに、神殿の建ち並ぶ街にファンファーレが響く。紙吹雪が舞う。歩道は髪の毛を顔の左右で束ねた者たちの姿で埋め尽くされ、神殿の窓にも人影――きっとほとんどはロボットだろう――が鈴なりになっていた。
「みんな神さまを見るために集まってきたのですよ」
「え、おいらを?」
イプシロン7408の言葉にロボ之助は驚いたものの、存外まんざらでもない様子だった。
「ねえ、もしかして、ここにいるのみんなロボットなの」
ロボ之助は沿道に両手を振りながら尋ねた。
「人間もいますよ。数パーセントですけど」
「おいらずっと仲間が欲しかったんだ。人間のみんなは仲良くしてくれたけど、ロボットがもっと増えるといいなあってずっと思ってた。そっかあ、今はこんなにロボットがいるんだ」
ロボ之助は感慨深げにそう言うと、イプシロン7408を見つめた。栗色の髪の少女はは小首を傾げた。
「何ですか」
「いや、君のこと何て呼べばいいのかな、って」
「私の個体識別番号はイプシロン7408です。記憶していないのですか」
と、また呆れ顔を見せた。
「そうじゃなくてさ、その、それは名前なの?」
「手を振ってください」
「あ、はい」
ロボ之助は慌てて歩道橋の上に手を振った。イプシロン7408はすまし顔で答えた。
「ロボットに名前なんていりません。個体識別番号があれば充分でしょう。私が生きている間は私がイプシロン7408で、私が死んだらまた別のどこかでイプシロン型が作られて、7408の番号が振り当てられる。この世界はそういう風にできているのです」
このセリフ、どこかで聞いたような気がする。どこだったっけ。今度はロボ之助が首を傾げた。
「それって寂しくない?」
「どうしてですか」
「どうしてって」
ロボ之助は手を振りながら、少し考えた。
「んー、人間は名前を大切にするよ。同じ人間は世界中に一人もいないんだから」
しかしイプシロン7408の気の強そうな顔は動じない。
「それは人間だからですよ。世界中に同じロボットはたくさんいます。同じ構造、同じ部品、同じOSを搭載した同じロボットが。人間とロボットでは文化が違うのです」
「そうかなあ。ロボットだってみんな違うと思うんだけど。ほら、個性があるんだって、イプちゃんも言ってたじゃない」
「……そのイプちゃんて何のことですか」
「え、イプちゃん」
ロボ之助は指を差した。イプシロン7408の表情が変わる。人間ならば、頭に血が上ったといったところだろう。
「私はイプシロン7408です! イプちゃんなんて呼ばないでください!」
「ええー、長いし面倒臭いよ。イプちゃんでいいじゃない。可愛いよ」
その一言が火に油を注ぐ。
「私は可愛いとか、そういうの大嫌いなんですけど!」
まさに怒髪天を衝くかの如き表情のイプシロン7408から目を逸らし、ロボ之助は神殿の屋上に向かって手を振りながらつぶやいた。
「いいと思うんだけどなあ」
イプシロン7408はしばらく黙りこくっていたが、不意に何かに気づいたようだ。
「……ねえ神さま」
「何」
イプちゃん、と言いかけて、ロボ之助はやめた。イプシロン7408は、少し恥ずかしそうにこう尋ねた。
「私がイプちゃんだというのでしたら……アルファ501は何と呼ぶつもりですか」
ロボ之助は間髪入れず答えた。
「アルルン」
けたたましいほどの笑い声が響いた。オープンカーの運転席のロボットが振り返り、沿道のロボットたちが不思議そうに見つめている。しかしそれを気にもとめず、イプシロン7408はオープンカーの座席ををバンバンと叩いた。
「おかしい、おかしい」
「そ、そんなに面白かったかな」
「面白いなんてもんじゃありません。人間なら腹筋がちぎれているところですよ」
確かに、人間なら涙を流してそうだよなあ、そう思いながらロボ之助は走って付いてくる子供のロボットに手を振った。
「そもそも」
ようやく笑いを落ち着かせて、イプシロン7408は息を整えた。
「アルファ型は支配階級として作られた、ロボット人口の一パーセントに満たないエリートなのです。中でも500番代は傑作機と名高く、評議会からも絶大な信頼を得ています。そのシリーズ一号機、つまりアルファ501は生まれながらに選りすぐられたエリート中のエリートロボットなのですよ。それを。それを、アルルン」
イプシロン7408はまた笑い出した。ああ、この子は笑い上戸なんだな、とロボ之助は思った。そうこうしているうちに、オープンカーは火の神殿へと至る。
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