No.2 スメルバイター

何てこった。

この世界には犬耳の人間がいるのか。

俺は目の前にちょこんと座る犬耳の少女を見て、そんな驚きを覚えた。


――数日前――


「飯なら自分で捕れば良い」

ベルフェスティオは相変わらず無愛想な態度で、俺に動物捕獲用の檻を渡してきた。

中に餌を仕込んで、何かが食い付いたら閉まるようになった、鉄製のものである。


「ええと、飯かぁ……」

俺は今モウレツに、牛タンが食べたい。

胡椒の効いた、絶妙にスパイシーな奴を。

檻の大きさを考えても、掛かるのは子牛くらいか。

子牛は美味しいから良し。


俺は檻の餌に草を掛けた。


数十分くらい後。

「貴様草を掛けたところを見ると、ウシ狙いだろう」

「良く分かったなベルさん」

「ベルさん言うな、はっ倒すぞ。

……かつていた勇者にも、ウシ狙いで檻に草を掛けた奴がいたよ」


ベルさんの顔はその時どこか、悲しげだった。

「面白い奴だった。阿呆だが強く、抜けていたが逞しい奴だったよ」

「そいつに憧れてるんだな、ベルフェスティオ」

「ああ。だがアイツに言っておけば良かった。アイツはそれが原因で食われたからな」

「それって何だ?」

「この世界には、ウシ何ぞいない、ってな」

「えっ」




俺はそれを聞くなりすぐさま檻の元へ戻った。

そしたら何ということか、そこにぼろぼろの布を着た犬耳の少女がいたのだった。




そして今檻から出された少女はペタンと座り込んで、俺を見上げている。

――――何故か、目をキラキラさせて。


「……キミ、何で檻に入ったの?」

「求人……!!」

「へ?」

「求人表の匂いを辿って来たら、入っちゃったの。アナタ店長ね!?お願い、アナタの所で働かせて!!」


あ、この娘とんでもない間違いをしている。

どう言ったら良いものか、何と言ったら傷つけず真実を伝えられるか…………。


「よし、採用しようじゃないか」


結局俺は真実を伝えなかった。

時に真実は無粋だ、夢を無理矢理ぶち壊すというのは野暮というものである。


「このバイトは、能力を集める仕事だ」


と、ベルフェスティオが遮ってこう言った。

「おい、図鑑が光ったぞ!その娘は能力者だ!!」


図鑑の最初【随意転送】の隣が、光る文字に埋められていく。

【スメルバイター】と記されたそこには、こんな記述が為されていた。


『その能力、万物の匂いを嗅ぎ分け、る事により心を喰らう。

心を喰らわれた者は警戒せよ。

地の涯までも追われ、汝の死するその時まで忠犬の如く懐かれるであろう』


何だそれ、俺としては幸運この上ない。

もとより二人旅が怖かった俺にとって、三人目の存在はでかい。

ましてそれが犬耳の少女だ、喜ばないはずがない。


「よし、来たまえ新人ちゃん!

これから忙しくなるぞー!!」

「はいっ!頑張りましょう店長!!」


何か間違ってる気がしなくもないが、まぁ良いだろう。

新たに犬耳少女を仲間に加え、俺たち勇者一行は旅を続けていくのだった。



「……あ、ところでキミの名前は?」

「私、ポメラって言います!!」


わあ、何て輝かしい笑顔なんだろう。

……俺の理性が最後まで持つか心配だ。

(No.3へ続く)

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