第7話 犯罪
五、 犯罪
「……やはりこちらはただの研究所のようですね」
山田が手帳に何かを書きながら言う。天城も「ええ」と答える。
「しかし、谷崎氏が最後に言っていた『古藤が何をしようとしていたのか』というのは、さっきのゲノム編集……でしたっけ? あれでヒトの臓器を豚に作らせるということなんでしょうかね。それ自体は別に違法というわけでもないのでしょ?」
山田が尋ねると、藤森が答える。
「もちろん。すでに研究としてアメリカでも行われているものですよ」
「そうですか。こちらに来たのは無駄足となりましたなぁ」
苦笑いをして頭を掻く山田に、赤瀬川が「そんなもんですよ」と笑っている。藤森はそれを少し困ったような顔で見ている。
――ただ一人、天城だけが腑に落ちない様子で考え込んでいた。
確かに古藤研究室鹿児島ラボには何も疑わしい点はなかった。それどころか、こんな田舎の山奥で最先端の研究が行われていたことに吃驚もした。しかし、説明できない違和感を感じているのも事実だった。
「いやぁ、しかし谷崎氏が『鹿児島県固有希少疾患とは何なのか、まだこの話は終わっていない』と言っていたわりににはあっけないものでしたねぇ」
何気ない山田の言葉に天城が反応する。
襟足のあたりがひりひりとして、頭に血が上っていくのを感じる。天城は必死で財団ビルでの一連の出来事、それにあのニセ研究費申請書を思い返していく。
(あの申請書は何故、他の疾患ではなく、鹿児島県固有希少疾患でないといけなかったんだ?)
鹿児島県固有希少疾患は、確かに鹿児島県周辺地域に限局して発生している新興の小児難治疾患ではあるが――こういう言い方は良くないのかもしれないが――正直、他の難治疾患に比べて、研究としてのインパクトがあるとは言えない。
患者が鹿児島県周辺地域に限局しているのだから、古藤先生としては此処に財団の預け金を使って研究所を建てたのも筋としては理解できる。だが、新しいもの好きで常にインパクトのある研究を求めていた研究者としての古藤清彦の姿とはいまいち合致しない。天城は谷崎が亡くなった後から、この研究所の中を見学してきたまでのことを思い返していく。
元々古藤研究室にいた自分や藤森もその存在を知らなかった鹿児島のもう一つの研究所、普通の大学の研究室では簡単には手に入らないような高額機器の並ぶ実験室、そこで行われていた最先端の研究内容――そして、透明な受精卵。
それらがぐるぐると天城の頭の中を回っていく。
十分ほど立ったまま考え込んでいると、突然吹いた突風で自分の顔に飛んできた葉っぱを手で払う。その何の木のものかもわからない葉には、虫食いの跡であろうか黒い部分がいくつもあった。
――その瞬間、天城の中の違和感の正体が判明する。
「そうか……綺麗すぎるんだ……こんなのありえない……」
それに気づいくと、初夏の南国鹿児島だというのに、天城の背中や頬に大量の冷たい汗が滲み出てくる。その天城の言葉で藤森もハッとする。そして、やはり青ざめた顔で天城を見上げる。
「修ちゃん……これって……まさか……」
藤森は信じられないと言った様子で、口元を両手で覆う。天城はそれに無言で頷く。
「それじゃぁ、天城先生、藤森先生、東京へ帰りましょうか」
赤瀬川と談笑していた山田が二人の方を向き直って言う。
「……いや、山田さん。まだです。まだ終わってません」
山田は「えっ!?」と驚いた表情を浮かべる。
「言葉の通りです。まだ終わってません。谷崎先生の言葉の通り、確かに『犯罪』が行われていたんですよ、此処で」
混乱して言葉を失ったままの山田と赤瀬川に天城が続ける。
「赤瀬川さん、鹿児島県警に連絡をして、今すぐこの研究所の捜査を開始してください。とにかく、彼らの言う『本国』への実験機器と研究員の引き上げを遅らせて欲しいんです」
「い、いや、しかし先生は、彼らは普通の研究をしているだけだと言っていたのでは……」
赤瀬川が狼狽えて返す。
「ええ、彼らは何も知りません。知らないまま犯罪に手を貸しているんです。ですから、『本国』の連中が証拠を消す前に確保しておかなくてはならないんですよ」
真剣な天城の様子に、赤瀬川は「は、はい!」と気圧されて携帯電話のある車へと走る。
「山田さん、直ぐに東京に戻って調べて欲しいことがあります」
「それはさっき言っておられた犯罪のことですか? それとも古藤氏の件で?」
山田は真剣な目で天城の目を見て話す。
「両方です……というより、古藤先生の事件はこの鹿児島ラボで行われていた犯罪が原因で起きたんです」
「……それで、調べて欲しいこととは?」
「2000年以降に古藤研究室と提携して研究を行っている、あるいは行っていた医療機関のリストと、『ある人物』の治療歴です」
「ある人物?」
山田が怪訝な顔をして聞き返す。
「ええ。そのある人物とは――」
(続く)
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