4章ー6

「次の土曜日のシフトを代わってほしいの? えっと、うん大丈夫だけど、明大くんがシフトを代わって欲しいなんて珍しいね。あっ、わかっちゃった。まさかデートとか? そうでしょ!」


 電話越しに声を弾ませるアラフォー。通称カフェラテ先輩は、カフェラテを摂取していなくともハイテンションだ。


 友樹と学校を見回った翌日、仕事を終えた俺は、自宅でカフェラテ先輩に電話をかけていた。次の土曜日は生憎出勤日なのだが、作ってもらえたチャンスを逃さないように、シフトを調整することを選択した。ヤンキー先輩は土曜日出勤予定なので、カフェラテ先輩にお願いをしたら、快く応じてくれた。持つべきものは、相談に応じてくれる先輩だなと、カフェラテ先輩の優しさをありがたく感じた。


 けれども、理由はデートではないので、答えに詰まる。適当にでっち上げればいいのだけど、代わってもらう手前、心無い発言をすることも躊躇われた。


「デートというわけじゃないんですけど、なんというか久しぶりに会う奴と昔話をするというか、気持ちを確かめ合うというか」


「その久しぶりに会うのって、男の子か女の子かどっち?」


「女の子ですけど」


「じゃあやっぱりデートだ」


 きゃーと年甲斐もなく甲高い声で騒がれた。デートではないと言っているのに、わかってもらえない。


 勘違いを促すような発言をしてしまったのかと思い返す。あ、これ確かにデートみたいじゃねえか。


 カフェラテ先輩の期待とは裏腹に、色っぽい展開には確実にならないだろうけど、このまま押し通したほうが、心地よい気分で仕事を代わってくれそうなので、思い込みに乗っかることにした。


「まあ、期待に添えられるかは別として、がんばってきますので、よろしくお願いしますね」


「オッケーオッケー。ウチに任せといて。がんばるんだぞ若者よ。また話聞かせてねー」


 じゃあねー、と言ってカフェラテ先輩は通話を終了した。電話終了の挨拶は、流石にカフェラテーではなかったらしい。カフェラテーなんて言われて電話を切られたら、それはそれで怖えけど。


 ええがんばりますとも。たとえその結果が、千夏の望んでいるものじゃまったくないとしても、な。


 カフェラテ先輩に奢るカフェラテをどこで買おうかと考えていた矢先、再び着信が入り、反射的に通話を開始した。カフェラテ先輩かな。まだ何か伝えることでもあるのかと思い、着信の相手も見ずに、耳の横に持って行った。


「もしもし」


「私だ」


「誰だよ」


 女性の声だが、何かを真似ているようで、不自然に低い声を作り出していたので、誰かはわからない。こんなふざけ方で電話をかけてくる相手に心当たりがないわけではないけれども、こちらから指摘するのは負けたようで、相手から名乗るまでは茶番を続けようと思う。


「さすがに、ひどくないですかね。ところで、今先輩の家の前にいるのですが、入れてもらってもいいですか?」


 あっさりと普通の声色に戻した電話の主は、絵衣美だった。最近ではLINEのみのやり取りだったため、直接顔を合わせるのは久しぶりのことだ。まあ高校生時代から、何度かお互いの家を行き来しているので、こちらに訪ねてくることは、そう珍しいことではないけれど。


 ただ、今のこの瞬間に至っては絵衣美を家に上がらせることは出来ない。


「ぎゃーちょっと待って」


 夏の暑さを少しでも和らげるために、上半身はタンクトップのみで、下半身はボクサーパンツのみだった。流石に、この気の抜けまくっている姿を見られるのは、たとえ相手が絵衣美であっても恥ずかしさが勝る。それはもうぶっちぎりに。


 自分が戸惑う立場になって初めて、この間の絵衣美には悪いことをしたなと反省した。次回から、もし絵衣美に用があって家を訪ねる時は、事前に連絡を入れよう。


 真っ白で飾り気に欠けるシャツを羽織り、タンス内で一番上に畳んであるクリーム色のチノパンを両足に通す。ボサボサ状態の髪は、まあ直さなくても別にいいか。もしどこかに出掛ける用事が出来た場合は、少し時間をもらって直せばいいだろう。


 最低限の身なりを整え、階下に降りて玄関まで移動する。


 扉を開けると、フリフリのレースが刺繍されたモノトーンロリータドレスに身を包んだ金髪の女性が佇んでいた。


「お久しぶりですね明大さん」


「いやほんとに誰だ」


 言うまでもなく、堕ちた王妃として、聖なる力を持ちながらも闇の力を操る存在として、青春時代に発症する不治の病に侵された神川絵衣美。


 彼女流に真名まなを言うならば、エイミー・マリオネット。


 今更になってのご降臨だった。

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