4章ー5

 友樹が戻ってきたので、凍矢先生にお礼を告げ、俺たちは保健室を後にした。


 俺は今後やることを友樹に告げ、彼女への連絡を取ってもらえないかと相談したら、あっさりと了承を得られた。


 あとは、決戦の日までに心の準備をしておくだけなのだが、帰る前に、例の場所にだけは寄っていこうと友樹にそそのかされ、まだ残っている生徒に見つからないように、物陰に身を隠しながら移動した。


 辿り着いたのは特別教室棟三階の端っこ、かつて歴史文化研究会が使用していた、青春の在処。当然鍵は閉まっていたのだが、友樹が得意げに合鍵を取り出し、ドアのロックを外した。学生時代に、勝手にスペアキーを作成したらしい。鍵屋に持って行ってまで拠点に拘ったその姿勢には、呆れてしまったが、今に至っては都合が良かった。


 扉を開けると、懐かしさを喚起させる木屑の香りと、埃っぽさに襲われた。長年日常的な利用がなかったということは本当らしく、物置としての使い方が復活しているようで、純粋に物が増えていた。脚の折れた机や、何かの行事で使用した旗、他には用途わからないような小道具も置いてあった。懐かしいことに、卒業式の日、卒業生にエールを送っていた垂れ幕まで、棒に巻かれて保管されていた。


 床上に放置されている道具を踏まないように、元研究会室の奥に進んだ。愛用していた、少し重心にズレたパイプ椅子と、削られた跡が目立つ木彫りの机を視界に納めると、仏頂面して椅子に座った俺と千夏の姿を幻視した。俺が座っていたのは、入り口から見て、左側だった。


 あえて右側に座る。大した景色の違いなんてなかったし、ここに座っていた千夏の気持ちなんて、微塵もわからなかった。


 机の下を手探りで触る。今までの気づかなかったが、こちら側には引き出しがあった。何の気なしに開けてみると、名前欄は空白のノートが保管されていた。文房具屋で買うならば、百円足らずで購入出来る簡素な物だった。


 タイトルは現代社会哲学。


 開いて内容を確認すると、罵詈雑言の嵐だった。


 うわあ。


 そこで気付く。これ絶対千夏のだ。


 再度机の中に仕舞い込み、見なかったことにして、机を反転させ、今の自分からは遠ざけた。いけない物を見てしまった罪悪感を感じた。


 それから、部屋の中を改めて探索してみた。所々記憶と違うところはあるけれど、概ね俺の記憶通りの、そして思い出通りの研究会室の姿だった。


 もういいや、戻ろう。


 俺がそう言うと、友樹も同意してくれたため、今日はもう帰宅することにした。


 学校を後にし、帰路の途中で、友樹は研究会室の鍵を渡してくれた。もしかしたら必要になるかもしれないと思ってね、そんな風に言い放ち、頼もしげに笑った。


 別れ際に、友樹は激励と共に、俺がまだ答えを出していない、もう一つの厄介事について、言及してきた。


「それで、僕の結婚式のスピーチを、引き受けてくれるかい?」


 俺はニッコリと笑顔を浮かべ、グッと親指を突き立て、言う。


「保留」

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