2章ー6
話し終えたことで、疲労感が押し寄せてきたことを認識する。月明かりと星々に照らされた夜に、やっと帰ってきた。購入した缶コーヒーのプルタブを開け、中身を一気に喉に流し込んだ。
「とても興味深い話を聞かせて頂いて、ありがとうございますね。それにしても、変わっていく関係に自信が持てなかった、ですか。私にはよくわからないですが、明大さんにとっては重要なことだったんですね」
「別に同意がして欲しいわけじゃないし、わかって欲しいってわけじゃないんだ。ただ、俺はずっと誰かに吐き出したかったもかもしれない。それだけのことだ」
「確かに、そうなんでしょうね。明大さんの気持ちに嘘があったなんて思わないですし、終わったことに関して、私がとやかく言うことではないんでしょう。ただ」
千春は一拍置いて、立ち上がり、そのまま俺の真正面に立った。狐面に見据えられる。瞳の色が隠されている糸目には、なんの感情が浮かんでいるのかもわからない。
「水崎千夏の、真中明大に対する、よくわからない思いは、一体どうなってしまうんでしょうね」
わからないし、わからない上に、何もわからなかった。
そりゃそうだろう。俺が、真中明大が、眠れなくなるまで考えていたのは、水崎千夏のことではなく、自分自身のことだけだったから。
勘定していたのは、自らの感情だけ。究極的な独りよがりだ。何も反論が浮かばない。
「もし何らかの事故があったり、物理的に行くことが出来なかったなんて事情があったのであれば、同情の余地くらいはあったかもしれませんが、そういうわけでもないんですね。約束をしていなかったので一方的に責めるのも御門違いでしょうけど、言わせて頂きます。あなたはただの、臆病者です」
耳が痛い。俺自身の行動も考え方も痛々しい。
今出来ることと言えば、甘んじて罵倒を受け続けるだけだと、覚悟した。
「バカ。バカバカバカバーカ。大バカ……罵倒することすらエネルギーの無駄遣いですね。最後に一つだけ聞きますけど、明大さんは、水崎千夏と再会出来たとしたら、一体どうするつもりなんですか?」
失踪したという水崎千夏。どうしようもないくらいに終わっている俺は、水崎千夏と再会したところで、一体何が出来るんだろう。
何が、したいんだろう。
「会って……謝りたい」
言い終わった瞬間、悪い意味で星が見えた。自分が何をされたのか認識したのは、頬にヒリヒリとした痛みを感じてからだった。
「謝るくらいなら、最初からなんらかの答えを出しておけば良かったんです。七年間も放ったらかした結論がこんなものですか。バカにするのも大概にして下さい」
いつの間にか静寂としていた夜に、感情を剥き出しにした声が響いた。大きく息を吸い込む仕草が見えた後に、さらに大きな声が走った。
「その言葉を、その想いを、どうして直接伝えてくれなかったんですか。言わなきゃ何もわからないじゃないですか。不器用でも、うまく表現出来なくても、伝えようという意思を見せてくれるだけでも、きっと違う方向を向いていけたはずなのに」
それは声というよりも、叫びに近かった。俺は、感情の爆発の行方を見つめることしか出来なかった。
「これ以上役者は増えないようですし、帰ります。時間の無駄でしたね。知っているはずはないと思いますけど、今日は私の誕生日だったんですよ。今までの人生で最悪の誕生日でしたけどね」
足音が遠ざかっていく。まるで石にでもされてしまったみたいに、体を動かせなかった。
「さようなら……もう二度と会うことはないでしょうけど」
人の気配が完全に消え去り、ただ臆病なだけの男は、一人ベンチに取り残されていた。
スマホで時間を確認すると、もう二十二時を回っていた。ここにはもう、誰も来ないだろう。
明日は日勤の仕事だ。朝の七時には起きなければいけないから、日が変わる前には、横になっておきたかった。
今日と言う日が終わるまで、後二時間くらい。
気持ちに整理をつけて動き出すには、全然時間が足りそうにない。
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