番外編① 2-4 私/己の勘はだいたい当たる
自身が教育するべき後輩の目に余る行為を彼女の個性として納得できるほど、挽歌の精神は図太く作られてはいない。今までに出会ってきた人物の中でも最大級に取り扱いが難しい人種である零華に対し、どのように接すれば良いのか。挽歌はわからないままでいた。
蝉丸からの連絡によると、検死には二時間ほどの時間がかかるという。本来は二時間ほどの短時間で終わるような検査ではない。しかし、零華が多くの注文を取り付けた上で最低限の時間で掴みを得るように無理を通したとのことだ。
検死が終わるまでの二時間、挽歌には零華と二人きりで時間を潰せる度胸がなかった。
「はぁ……とんでもない後輩を担当してしまった……」
挽歌は肩を落としたまま、第二研究所の廊下をとぼとぼ歩いていた。
この研究所は主にカーネルを開発する機関であり、第八防衛都市内でも最高峰の技術力を有する施設である。挽歌が有している《四十五番式カーネル:懺悔の唄》のように番号を振られた特別製のカーネルは解体された機神の核である機神歯車を元に造られた一品だ。
それ故に、挽歌にとって《懺悔の唄》は内部構造が不明なブラックボックスであるため、定期的にここでメンテナンスをする必要がある。
実際、挽歌は《懺悔の唄》をメンテナンスに出してきたところだ。《懺悔の唄》はモジュール化されているため、不具合があってもユニットを交換するだけで済む。
二時間もあれば十分にメンテナンスされて戻ってくるだろう。
「はぁー……今後、どうなるのだ……ひゃっ!」
『
「おっと、これは申し訳ない。怪我はないだろうか、お嬢さん」
「だ、大丈夫だ。こちらこそ、考え事で注意散漫になっていた。すまない……」
そう言って挽歌が顔を上げると、そこには奇妙な風貌の男性が立っていた。
真夏の夜空で染め上げたような
目を閉じたまま歩いているのだがら、ぶつかるのは当然だ。
「むむ」
この研究所に入ることが許されているのは、研究員を除けば番号付きカーネルを所持している解体師か廃品回収業者だ。解体師の制服を着ていないことを鑑みると、彼が凄腕の廃品回収業者であることは間違いないだろう。
基本的に解体師と廃品回収業者は非常に仲が悪い。もともと任務の奪い合いをしていたところで『レプリカント=セヴン』に機神解体という大きな任務を持って行かれたため、小さな任務の奪い合いが加速しているのだ。
フリーランスの廃品回収業者に比べ、機関直属の解体師は優先して任務が振り分けられる。
彼らの中には食っていけずに業界から足を洗った者も多いという。仕方のないことだ。
「そ、それでは……」
接点を最低限にして、この場を離れるのが最善策だ。挽歌は経験上、廃品回収業者と関わって良いことがあった例がない。こういった妙に個性的な人間は特にその傾向が顕著だ。
挽歌の勘はだいたい当たる。
「ああ、お気を付けて」
こんなことに気を遣ってしまうのも、全て零華の所為である。
今日の一件のことで少しばかり神経質になってしまっているため、胃がキリキリと痛む。
「くそぅ……零華の奴め……」
誰にも聞こえないように独り呟くと、
「お嬢さん、少し待ってくれないか」
作務衣を着た男は、そそくさと去ろうとしていた挽歌を呼び止める。
嫌な予感がする。
「う、うむ……?」
「これは私の勘だが、貴方は零華の教育担当をしている解体師かな」
「ま、まあ……その通りだ。貴殿は何故、そのことを知っているのだ?」
「いや、ただの勘だよ。己の勘はだいたい当たるんだ」
そう言って、作務衣を着た男は振り返った。
作務衣の袖に手を入れるようにして腕を組んでおり、一切の隙を見つけることができない。
その泰然とした態度からは、まるで巨大な山が立ち塞がっているのではないかと錯覚するほどの異様な圧力が放たれている。
「そこまで警戒する必要はない。己は零華の知り合い……のようなものだ」
「その知り合いが、私に何か用事でもあるのか?」
「少しばかり貴方が神経衰弱に陥っているのが気になっただけだ。よければ鏡を覗いてみると良い、まるで魂の抜けきった死人のような顔色だ。おおかた、零華の扱い方が分からずに精神を摩耗させているんだろう」
瞳を閉じたまま、彼は静かな口調でそう言った。
「それも貴殿が言うところの『良く当たる勘』か?」
「いや、これは実体験だ。己でさえ、零華と話をすると頭が締め付けられる気分になる。彼女と付き合っていくコツは、同じ土俵で物事を考えていると思わないことだ。あの娘は人間の一段階上にある思考をしている。だからこそ、常識の
常識の齟齬。
それは先程、自身の身を以て体験したばかりだ。
とりわけ零華という人間は、死者に対する考え方が常識とはかけ離れている。
「零華を人間だと思わない方が良い。あれは七つの大罪を濃縮させた化け物だ。他の人間と同じように接していれば、貴方は身を滅ぼすことになる」
浴衣を着た男は言い終えると、くるりと踵を返した。
「悪いことは言わない。命が惜しかったら、彼女の教育担当を下りた方が良い」
「……待てッ!」
そのまま立ち去ろうとする背中を、挽歌は大きな声で呼び止める。
「確かに、零華が人間離れした行動を取ることがあるのは事実だ。だが、それだけの理由で奴を化け物呼ばわりしても良い訳では断じてない! 奴が一段階上の思考をしているのであれば、私が一段階下の思考になるように教育し直してやる!」
挽歌の決意が混ざった言葉に、浴衣を着た男は振り向いて口角を上げた。
「考え方を押しつけることほど酷なことはないが、面白い。お嬢さん、名前は?」
「人に名前を訪ねるときは、まず自分から名乗るのだ!」
「わかった、貴方の言うとおりだ」
その一瞬だけ、男は
作務衣の袖から右腕を引き抜き、挽歌に見えるように掲げてみせる。
「な……ッ!」
思わず、挽歌は息を呑んでしまう。
その右手首には、瑠璃色に輝く機神歯車が枷のように填め込まれていたのだ。
「己の名前は、
レプリカント=セヴン D&Y @fictional_dandy
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