4-2 二者択一
第八防衛都市の中央区に存在する『第二研究所』では、カーネルの開発や機神の研究が行われている。極東に存在する第八防衛都市が、レプリカント解体においては大きな権威を持つことができるのは、この研究所と十掬という天才の存在が大きい。
と、いうのが『第二研究所』の表向きの顔だ。
『第二研究所』には地上の施設とは別に、地下の施設が存在する。
存在自体が重要機密であるため、一部の解体師や研究者にしか知られていないが、その一部の人間の間では『
その施設では、捕らえた機神や機神兵に『実験』と称して残酷な拷問を行っている。
人間と差異の無い身体を持ち、仮に死亡したとしても修復が行われて蘇生する《人型相互情報伝達システム》には、新薬の投薬実験や臓器の摘出など。機神兵は、新しく開発されたカーネルの切れ味や威力などのデータを取るための実験台として運用される。
そんな施設の一室に、セナは捕縛されていた。
目隠しをされ、声が出せないように口枷まで填められている。関節の全てに拘束具を装着され、指の先さえも動かすことはできない。また、エクトプラズムの動きを不活性化させる磁場のような力が展開されているらしく、OSさえも動かすことはできなかった。
そもそもエクトプラズムの集合体である肉体は、拘束具などを装着させるまでもなく自由に動かすことはできないのだが、この施設は徹底した封印を第一としていた。
「……」
何日が経過したのだろうか。普段であれば、体内時計によって現在時刻を完璧に把握することができるのだが、この空間ではそれが上手く機能しない。
視界を閉ざされ、一切の物音が存在しない奈落の中、セナはただ恐怖していた。
無論、自分がこれからどんな目に遭わされるのかと、考えただけでも気が狂いそうになるほどに恐ろしい。
だが、それ以上に零式がどんな目に遭わされているのか、という恐怖の方が数倍強かった。
壱外との戦闘が終了した後、身柄を確保されるまでに回復したエネルギーで零式の身体を修復することができたが、それでも応急処置のようなものだ。
零式がどうなったのか、死んでしまってはいないか。そんな不安が、セナの意識を虫が食うように蝕んでいた。もしかすると、気が狂った方が楽かもしれない。
追い打ちをかけるように、セナが捕縛されている一室の扉が開かれた。
「――!」
恐怖と不安が最高潮に達する。
自分に課せられる『実験』の内容が決まったのだろうか。逃げようと藻掻くが、拘束された肉体は言うことを聞かない。
「ああ……っ! ごめんね、セナちゃん。本当は怖がらせるような真似はしたくなかったんだけれど、機関に敵対する危険な機神にはココに入ってもらう規則があるから……」
その間延びした声は、聞き間違えることはない。
第八防衛都市副支部長という長い肩書きを持つ、琉琉という女性の声だ。
「んーッ! んーッ!」
「お、落ち着いてセナちゃん。あたしは貴方に危害を加えるために来たんじゃないの。零式だって生きてるし、あたしは貴方たちと取引をするためにココに来たのよ」
零式が生きている、そう聞いたセナは心から安堵した。その言葉が真実か虚偽であるかの判断はできないが、この極限状態では唯一の安心をもたらす要素だった。
「……」
「セナちゃんは『レプリカント=セヴン』として開発されたけど、十掬ちゃんに失敗作として廃棄される予定だった。でも、今回の戦闘で貴方たちは壱外との性能差を覆すほどの活躍を十掬ちゃんに見せつけることができたわ」
確かに、あの戦闘では零式とセナが勝利する結果となった。だが、その要因にセナという要素は存在しない。全ては決死の覚悟で挑んだ零式と、《柩送り》という強力なOSを保有するカーネルの存在が在ってのことだ。
「この施設は、貴方も知っている通り『機関に敵対する機神』を封印するための施設なの。もし、貴方と零式が『レプリカント=セヴン』として機神を解体する任務に就くのであれば、今後の待遇も考え直さないといけないわ」
「……!」
「でも、貴方がこの取引を拒否するなら、他の機神や機神兵と同じように『他の形』で人類に貢献してもらうことになる」
琉琉の手によって頭を撫でられる感触がする。
セナに与えられたのは、『取引を受諾して二人で危険な目に遭いながらも生き延びる』か『取引を拒否して二人で死に続けるか』の二択だった。
「さて、どうする? セナちゃん。『人類の役に立って生き続けるか』それとも、『蛆虫のように死に続けるか』――ここで決めてくれるかしら?」
あらゆる事象は、二者択一の結果によって決まる。
少しでも可能性が残されているのであれば、少しでも生き延びることができるのであれば、セナがそれを選択するのはわかりきったことだった。
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