4-1 仕組まれた物語
「ねえ、十掬ちゃん。本当に、挽歌ちゃんの逃走援助罪を見逃して良かったの?」
九九式機関第八防衛都市支部長室に、妙に間延びした声が響いた。
その声の発生源は、支部長の机にどっかりと尻を乗せて座っている女性である。栗色の髪の毛を指先で弄りながら、対話の相手である十掬を眺めている。
「琉琉……貴様は何度、私に『机に尻を乗せるな』と言わせれば気が済むんだ」
「まあまあ、そんな堅いこと言わないでさぁー。それより、挽歌ちゃんを無罪放免した理由を教えてよ。機神の逃走を手伝うなんて、前代未聞だぞー?」
「……ふん」
十掬はコーヒーが注がれたタンブラーを片手に、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
壁一面に広がるガラス窓から眺めることのできる光景を肴に、入れ立てのコーヒーを口にする。口の中に苦味が広がるが、十掬は無表情で飲み込んだ。
この泥水の何が美味しいのか、さっぱりと理解ができない。それでも、まるで意味を持った記号のように十掬は飲み続けた。
「挽歌は一流の解体師ではあるが、同時に多感な時期の娘でもある。今回、奴が助けようとしたのは機神ではなく零式だ。それに、奴の魂には未だ機神に対する復讐の炎が燃え続けている。なら、今後も利用できる資源を手放すのは効率的ではないだろう」
「十掬ちゃんは優しいなぁ……あたしだったら、命令に背いた異端者は何が理由であろうと許さない。即刻、断頭台に首を置かせてちょっきーんなんだけどねー」
にこにこと笑いながら、人差し指と中指で蟹の真似をする琉琉。
生憎、十掬は恐怖政治などを行う気はない。有効利用できる人材は利用し、有効利用できない人材は切り捨てる。適材適所こそが効率化の鍵だ。
「じゃあ、零式はどうするの? あいつとセナちゃんの身柄は確保してるけど」
「無論――」
十掬は振り返った。
背後から差し込む朝日の光が、彼女の白髪を燃えるような紅緋色に染め上げる。
「当初の計画には含まれないイレギュラーな存在ではあるが、有能な人材は利用する。私がこう判断することも、貴様はよく分かっていたはずだ」
十掬は飲みかけのタンブラーを机に置きながら、そう言った。
そして、机に尻を乗せている琉琉の頬を手で鷲づかみにすると、自分の顔元に近づけた。
「むぎゅっ!」
「――これは全て、貴様が仕組んだことだろう?」
十掬は光の灯っていない虚ろな瞳で琉琉の瞳を覗き込む。琉琉の睫毛を一本一本数えているのではないか、と錯覚するほどに詰め寄り、見詰める。
「貴様は『レプリカント=セヴン計画』と『出来損ない』のことを知っていたはずだ。なら何故、貴様は零式と挽歌に間違った命令を出した?」
「ああー……十掬ちゃんはお見通しなのね」
『レプリカント=セヴン計画』を知っている琉琉であれば、看破できたはずだ。
零式たちが遭遇した機神兵が『レプリカント=セヴン』として命令に従い、逃げ出した機神を捜索していた壱外であり、保護した少女が『逃げ出した機神』であることを。
だが、琉琉は零式と挽歌に本来行うべきではない指示を出した。
挽歌に壱外を捜索させ、零式と『逃げ出した機神』が友好関係になるように仕向けたのだ。
「どういうことだ? 知恵の足りない私にも、教えてくれると助かるのだが」
無表情で琉琉の頬を掴む手に、万力のように力を加えていく。
「それはね――」
瞬時に、十掬の手から彼女の感触が消えた。
「そうした方が、物語の展開的に面白いでしょう?」
机の上から琉琉の身体が霧散するように消え、出口の扉の前に琉琉が現れる。
まるで、世界に印刷されているかのように。
「それに、他の支部長に壱外の性能を見せつけることができたんだし、零式っていう新しい資源を手に入れることができたんだから、十掬ちゃんも万々歳じゃない?」
「――いつか貴様も解体してやるからな、オリジン」
「あなたに第八防衛都市を破壊する覚悟があるのなら、ご自由に」
扉を開けて出て行く琉琉を眺めながら、十掬は机の上からタンブラーを持ち上げて口に運んだ。すっかりと冷めてしまったコーヒーの味は、やはり苦いだけしか分からない。
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