3-7 集合と接続

「う、おぉぉおおおおおおおっ!」


 思い切り地を踏み砕き、弾丸の如き勢いのまま蹴りを放つ。その超高速の槍を常人を遙かに超えた機動で壱外は造作も無しに回避し、余裕たっぷりにネクタイのずれを直した。


 すかさずに余力をもう一方の足に移行。身体の芯を回転軸として旋回し、蹴り出していた足を地面に深く食い込むほどに踏みしめ、対象の首を狩るためだけの回し蹴りの一撃。

 しかし、壱外はそれを躱すのではなく、手の平で受け止めた。


 びりびりと衝撃が骨を伝って身体全体にまで波及する。合成繊維が用いられた繊維補強コンクリートであれば完膚なきまでに粉々に、装甲戦闘車両に用いられる複合装甲であろうと紙くずのように切り裂く程の威力を込めた一撃である。その爆発的な力を全て地面に逃がされ、沸き立つかのように大地が炸裂した。


「良い蹴りだ。全力を十とするなら、九を与えても良い最高の蹴りだな。でも、あと一つがお前には足りてねぇ」


 すねを掴まれ、そのまま零式の身体が浮き上がる。

 まるで他愛もない玩具を扱うように放り投げられ、ジャイロ回転を伴ったままにほとんど瑕疵がない廃ビルに突っ込んだ。


 零式は壁面にぶち当たる直前に空中で体勢を整えなおし、重力を無視するかのように壁に着地する。寸刻を入れずに壱外との空間的関係を確認するが、先刻まで壱外が居た場所には既に彼は居らず、ただ砂塵が濛々と舞うのみである。


「おい、余所見すんじゃねえぞ」


 死の気配。身体の内側を締め付けるような感覚に戦慄する。


「お前に全力ってもんを見せてやる。ちっとばかしだけ歯ぁ食いしばれよ」


 様々な建物を蹴って跳躍した壱外が、零式の目前に迫った。空中で拳を構える壱外を視界に入れて、一番初めに浮かび上がった思考は『死』そのものであった。

 一瞬にしてその思考を脳内から排除し、来るべき一撃に備える。


 空中で重心を取れないなどということは度外視されている最高に安定した必殺の拳。それを迎撃するように零式は全力を注ぎ込んだ掌底を繰り出した。


 しかし、それは罠であった。


「なっ……!」


 掌底を火花を散らせつつ難なく弾き、隙の出来た零式の胸部に壱外は蹴りを撃ち込んだ。


「ぐ――はぁ!?」


 肺から全ての息が吐き出され、撃鉄に弾かれた弾丸のように廃ビルの壁を穿ち砕く。


 もはや運動エネルギーの塊と化した零式を数枚のコンクリート壁で止めることはできない。何階ものフロアをぶち抜いて、ようやく止まったのは廃ビルの一階エントランスだった。

 余りのエネルギーを発散させるように大理石の床を転がって、壁にもたれ掛かる形でようやく完全に停止した。


 零式は焦点の合わない瞳で自身の胸部を見る。白いスパークに包まれてはいるが、確実に拳二つ分ほどの大穴が穿たれている。

 機神であるセナと接続していないため、自己修復プログラムは使用できない。既に零式の身体はぼろぼろであり、指一本ですら満足に動かすことはできなかった。


「こりゃあ仰天だな。俺の渾身をまともに受けやがったくせに、壊れてねぇのか。打たれ強いのか、はたまたしぶといのか。待ってろ、さっさと楽にしてやる」


 喪服に付いた砂塵を面倒そうに振り払いながら、壱外は堂々とエントランス入り口から現れた。喪服を着た死神が一歩一歩を踏みしめて、命を狩りに迫る。


「お、おかし###いな。逃げ%たいのに§逃げられな≒い。僕は、、ここ。で死ん$&で良いわけがない∥のに」


 発した声に正体不明のノイズが走る。逃げたい、逃げなければならない。自身が破壊されてしまえば、機神歯車は壱外の手に渡ってしまう。セナを奪われてしまう。


 しかし、どれだけ思考しようが身体はその命令を受け付けない。それどころか、胸に穿たれた穴からのエネルギー流出によって着実に身体が動かなくなっていく。

 先程までは動かすことのできた指も微動だにしなくなった。


「お前は良くやったと思うぜ? 俺は破壊に特化しているから、機神との接続無しでもある程度の破壊力を出力することはできる。要するに、これは俺が最初から勝てるように設定された勝負だった。お前は敗戦を恥じる要素なんて一つもないんだぜ」


「恥qpじる、だと? 僕はまだf%負けて77いない」


 零式は朧気な瞳で一外を睨み付けた。

 機神兵としての性能うんぬん以前に、壱外と零式では絶対的な壁があった。

 それは、戦士としての経験量である。


 無論、零式もレプリカントとの戦闘を幾度となく通り抜けて生き延びてきた。しかし、それは《柩送り》というカーネルを手に入れた後のことだ。零式にはレプリカントなどは命を脅かすほどの脅威でもなく、それ故に一回の戦闘で学べる物事は少なかった。


 しかし、この壱外という男は違う。

 『レプリカント=セヴン』という存在として生み出された壱外は、機神を冒涜する存在として多くの機神との戦闘を秘密裏に行わされてきたに違いない。下手をすれば命を落とす死闘、対峙する機神によっては機神兵であろうと必殺のOSすらあり得る。


 時には自身の腕で、自身の機転で、自身の勘でこの男は死地を生き延びてきたのだ。

 ぬくぬくとした戦いをしてきた零式とは経験量がまるで別物であり、その経験は壱外を百戦錬磨の戦士に仕上げるには十分であった。


「……なぁ、どうして俺が喪服なんて戦闘に不似合いなもん着てるか。お前にわかるか?」


「そん、なことReboot、知るか」


 ようやく、壱外が歩を止めた。少し動けば零式を爪先で小突けるほどだ。

 緩めていたネクタイをきっちりと締め直し、白銀の光を炸裂させているスパークに目を細めつつも壱外は零式の目を見て口を開いた。


「俺はな、拳を交えた相手が人間であろうと機械であろうと親友だと思っている。だが、戦いっていう勝負は生きるか死ぬかで決着が付きやがるもんだ。だから、俺は死んでいく親友を弔うことができるように、この服を好んで着てんだ。遺言を聞いてやる、言えよ」


「あぁ、そう###だな」


 零式は薄れ行く意識の中、その言葉を呟いた。

 その表情は少しばかり笑っている。


「――セナ、僕はここだ」


 その言葉が発せられるのと、零式の背後の壁が巨大な扉として再構築される時間にタイムラグは無かった。並行するように壁一面を埋め尽くす勢いで機銃が構築され、射撃統制装置によって統率されたそれらは一斉に視線を壱外に向け、銃弾を射出する。


「――ちっ!」


 壱外は零式から距離を取り、銃弾の雨の直撃を免れる。機神と接続していないため、OSが使用できない壱外は破壊という名の防壁を展開することができない。この状態で銃弾を受ければ、彼と言えどただでは済まないだろう。


 外れた銃弾は大理石の床を捲りあげ、一時的ではあるが壱外の視界を奪う。


「もうっ! 勝手に死にかけないでくださいよ!」


 背後にできた扉が開き、にゅっと雪のように白い手が伸びて零式のジャケットの襟首を掴んだ。そのまま扉を越えた先、壁の向こうである歩道に引き摺られる。

 すぐさま扉は閉じられ、元のコンクリートで構築された壁に戻った。


「はぁ、本当666に死ぬかrgと思った。あり###がとう、セナ」


 ぎゅうと背中側から強く抱きしめられた。息遣いが耳元で聞こえ、零式の肩には白い髪が垂れている。黒いマフラーが動き、胸部に空いた穴を愛おしげに包み込む。


「本当に、本当に、危なかったです……! はぁ……修復しますよ」


 セナは優しく零式の右手に嵌められた機神歯車に触れた。


 瞬時に抱きしめられていた感覚が消える。まるで旋風のようにデータの奔流となったセナは零式の周囲を包み込んだ。デジタル文字で零と一だけが延々と並んでおり、それらは全て機神歯車へと流れ込んでいく。


【製造番号:零/OS:白い職人ホワイト・スミス:を起動します】


 身体全体に暖かなエネルギーの流れを感じる。【白い職人】というOSが起動したことによって、零式の黒髪はみるみる内に白く染まっていった。


【機体胸部に深刻な損傷を確認。自己修復プログラムを緊急起動、修復します】


 機神歯車が回転を開始し、胸部の穴がホログラムのような半エネルギー体に包まれる。エネルギーによってそれは実体化し、エネルギーの流出を防ぐ。


 傷という傷が防がれ、霧が掛かっているように霞んでいた視界は完璧な明瞭さを取り戻した。

 視界にはセナによる戦闘演算結果が映し出され、周囲数十キロメートルにも及ぶ地形データが脳内に叩き込まれる。


 索敵による周囲の巨大反応は二件。


「……くそ、どうやらあっちも機神が到着したみたいだ」


 巨大反応は融合し、一つの反応となる。同時に、セナが展開していた全ての機銃の反応が瞬時に消失。ビル壁を越えた向こう側に、馬鹿にならないほどの熱源反応を感知――


応用戦術潰滅/ヴァジュラッ!】


 刹那の煌めき。それを視認するよりも先に、零式は安全圏にまで待避する。


 先程、セナを襲った同様の光線とはまるで威力が違っていた。

 ビル壁を突き破り、超高出力のエネルギーが激流となって廃墟に流れ込む。あまりの熱量に闇が落とされていた廃墟は紫一色に染まり、そのエネルギーが通った一直線上には虚無だけが残る。地面はまるでスプーンに削られたかのように抉られ、真っ赤に発熱して蒸気を濛々ととめどなく発していた。


 大穴が空けられたビルが稲妻のような轟音を伴って崩れ落ちる中、落下してくる大小様々な瓦礫を粉塵に帰しつつ、喪服の男は笑う。


「おい、てめぇ。零番の姉ちゃんを逃がすのはまだしも、来るのが遅すぎねぇか?」


【る、るいは走るのが苦手なのじゃ……これでも全力疾走なのやー】


 光線の発生源で妖々しく光る紫の双眸。それは空間を刻むように軌跡を残した。


「セナ。今度こそ、僕は君との約束を果たしても良いか?」


【……はい。こうなったら、私も覚悟を決めます!】


 右腕の機神歯車が一度だけ力強く回転する。

 零式はそれに反応するように、深く一度だけ頷いた。自分はもう解体師でも廃品回収業者でもない。一人の機神兵として、守るべき者を守る。それだけだ。


「なら――もう一度、僕と一緒に戦ってくれるか?」


【もちろん、了解です!】


「……ありがとう」

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