第8話:願い

「着いた、ここが目的の部屋よ」


 ユキナさんが示したのは随分と立派な扉の部屋だった。他の部屋に比べて扉自体に綺麗な装飾が施されている。


「おおっ!」


 中を見てみると、とても1人で使うには勿体無いほどの広さがあり、ベットやテーブル、その他の家具一つ一つが素人目で見ても価値が高そうな物ばかりだ。


「そうそう、着替えの服はクローゼットの中にあるから、使うならそこから取って使ってね。私達はもう行くから、ゆっくり休んでね」


 踵を返し、どこかに帰ろうとする2人。だけど、俺にはまだ伝えて無いことがある。


「ちょっと待ってください」

「どうしたの、何か質問?」


 確かにまだ聞きたいことは山ほどある。でも、今はそんなことより、もっと大切なことがある。


「ユキナさん、今日はありがとうございました。それと、師匠の事をこれからもよろしくお願いします」


 頭を下げ、改めてお礼を言う。

 ユリちゃんを抱いていたときの師匠の表情、あんなにも幸せそうな師匠を俺は初めて見たかも知れない。

 その表情を引き出したのは全て、ユキナさんが居たお陰だと思う。師匠とユキナさん、そしてユリちゃんの3人、それぞれがかけがえのない存在でい続けて欲しい。


「えっ? ちょっと止めてよ、そんな急にビックリするじゃない、早く頭上げて」


 顔を上げ、ユキナを見る。彼女は俺を見つめながら優しく語りかけてきた。


「ナスタ君も私達の家族だと私は思ってる。だから、私の事もお母さんとか呼んでもいいのよ?」


「ハハっ、それじゃあ、機会があったら呼ばせて貰いますね」

「絶対よ? 絶対だからね」


 本当に面白い人だなこの人は。会ってからまだ1日も経って無いのに俺の事を家族だなんてな。


「それじゃあ、またねナスタ君」

「ばいばい」


 今度こそ2人と別れ、1人、部屋の中に入った。


 *****


 ――暇だ、暇すぎる。

 何にもない。本当に何もすることが無い。こんな広い部屋にいたってな。

 何かやることは無いか……そういや、着替えがあるって言ってたな、確かクローゼットの中に……。

 あるにはあるんだが……何でこれだけ普通なんだよ。

 まぁ、俺にはこっちの方が着慣れてるから丁度いいのかもしれない。アリムさんが着ていた服みたいの だったらまず恥ずかしくて着れないと思う。


「とりあえず着替えてから何するか考えよう……」


 着替えてみると案外、着心地が良くて驚いた。やっぱり見た目とは裏腹に質はいいのかもしれない。

 調子に乗って、ベットに飛び込んだ。

 おぉ凄いな、体が沈んでいく。少しだけ休憩してからどこかに行こう、そう少しだけなら……。

 俺は目をつぶった。いや、つぶってしまった。


 *****


「はっ!!」

 体を起こし、急いで窓を見ると外はすでに真っ暗だった。

 また、寝てしまったのか……今日だけで既に3回も寝てるぞ、どれだけ疲れてるんだよ俺は。

 少なからず落ち込んでいる中、扉を叩く音が聞こえた。


「……どうぞ」

「夜遅くにごめんなさい。今大丈夫かな?」


 入って来たのはサルビアさんだった。先ほどとは違う服を着ており、高貴な雰囲気を漂わせている。


「何か落ち込んでるみたいだけど本当に大丈夫?」

「気にしないでください……それより、どうしたんです? 俺は別に困っている事はないですよ、この通りくつろがせて貰ってますし」


 現に部屋にあった服を借りて着ているしな。


「ごめんなさい、その為に来たんじゃないの。他に聞きたい事があって来たの」


 少し笑いながら言っているが、その顔は真剣に見える。


「聞きたいことですか? 俺の事なら大体さっき話したと思いますけど」


 正直、俺の方が聞きたいこと沢山あると思う。


「君の事じゃないの。私が聞きたいのはアカネの事なの」


 アカネ? アカネって誰だ? 今までそんな人に会った事は無い気がするんだが。


「えっと……、アカネって誰の事ですか?」

「アカネは私の娘なの。特徴と言えば……白髪かな、あんまり見ない色だから分かるでしょ?」


 白髪……白髪か……あっ! もしかしてハクの事か。彼女、本当の名前はアカネって言うのか。


「確かに話しましたね」


 それより、俺に彼女の何を聞きたいんだ? 俺が彼女と話をしたのはあの時が初めてで、彼女の事は全然知らないし。


「アカネとどんな話をしたの?」

「えっと……俺がここに来るまでの旅の話とかですかね」

「その時、アカネは何か言ってた?」


 話と言っても俺がただ1人で喋ってただけで、向こうは相づちぐらいしかしてないからな……。


「そう言えば、確か最後に『羨ましい』って言っていた様な気がします」


 あの時、言った言葉はどうゆう意味なんだ? 俺が羨ましい? どうしてそう思うんだ。


「羨ましいか……アカネはそう思ってるのね」


 サルビアさんはその言葉を聞いて考えこんでしまった。

 『羨ましい』その言葉の意味をこの人なら分かるかもしれない。


「あのーサルビアさん、羨ましいってどうゆう意味なんですか?」

「――ナスタ君、アカネの事どう思う?」

「ええっ!? 突然何言うんですか! 別に何とも思ってませんよ」


 確かに話をしていて気分は悪くなかった、むしろ良かったと思う。でも、それだけで特別な感情は抱かないよな。うん。


「ふふっ嘘でしょ、だって何とも思って無い人の反応じゃないもの」


 いやいやいや、無いだろ。だってさっき会ったばかりだぞ、そんな人に好意を持つなんてあり得ない。


「サルビアさん、結局あなたは何が言いたいんですか?」


 サルビアさんは少し間をとってから、ゆっくりと話始めた。


「ナスタ君、君にアカネを攫って欲しいの」

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勇者は魔娘に恋をする。 かやねろ @tinopy

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