第3話:到着したはずの場所

「ナスタ君は魔王城に行きたいんでしょ?」

「そうですけど! ユキナさん師匠が旦那って言いましたよね? 今はそれについて教えてください」


 師匠は結婚していたのか? でも、いつの間に? 俺が知らない間に何が合ったんだ一体。


「その事なんだけど、私が話すよりもっと適切な人がいるから、とりあえず今は私に付いてきて、ね?」


 ユキナさんは軽く言うが、いや待て、そもそも彼女が言っていることは本当なのか? のうのうと彼女の言葉を信用するのは危ないんじゃないか、少し探りを入れておいたほうがいいな。


「師匠の特徴について教えて頂けますか?」


 師匠の顔の傷は一目見たら二度と忘れることが無いはずだ。まぁ、それだけじゃ信用するには少し足りないが師匠を旦那と呼ぶのだから違う特徴も言ってくれるだろう。


「疑ってるの? 可愛いなぁ、私嘘なんかついてないのに」

「なら、言えますよね?」


 ユキナさんはため息をつき、少し微笑みながら答えた。


「顔にこんな感じの傷があるでしょ、髪の色は茶色で、体型はがっちりしてて、あとは……弓を凄い上手く使えるって言ってたかな」


 嘘だろ。師匠の髪の色、体型、特徴、それに加えて弓の扱いの事も知ってるのか。

 返す言葉を探してると、ユキナさんが思いっきりどや顔してくる、うざいなおい。


「どう、信じてくれた?」

「……分かりました。でも、その前にこの村の事を教えてくれますか」

「村の事? 分かったわ、それなら向かう途中で教えてあげる」


 ユキナさんは立ち上がり、戸棚から持ってきた毛布を老人にかけ、何かを書き残していた。そういやこの老人、娘に会ったとは言え、ものの数分ぐらいしか会って無いじゃないか。


「それじゃあ、行きましょうか」


 このままこの村にとどまるより、ユキナさんの言ったことに従った方がいいかもしれないな。俺はユキナさんの後をついて行くことにした。



「随分と道が歩きやすいですね。本当にこの道で合ってるんですか?」


 彼女が言うには魔王城に向かっているらしいのだが、ここまで整備された道が魔王城に通じてるのか疑わしい。


「もう、疑わなくても大丈夫だって! それより、村の事を教えてくれって言ったけど、詳しくは何が知りたいの?」

「俺が知りたいのは、魔王城から最も近いはずの村が、何であんなにも平和なのかです」


 昼間から酒を飲む大人、無邪気に遊ぶ子供。

 魔王城から最も近い、言わば魔物に一番襲われる可能性が高いはずなのに、これまで見た中で一番、村の警備が薄かったのはなぜか、周りとは理由は何なのか、それが知りたい。


「そうだなぁ、ナスタ君が思う魔物って何?」

「まぁ、人に害をなす物をそう呼びますかね」


 普通はそんな感じだろう。旅の道中に色々な人達に聞くと、とてつもなく巨体の人型をした魔物や羽が生えている人、巨大な牛が人のような動きをする魔物などこの世の物とは思えない姿をしているらしい。


「でも、それをナスタ君は直接見たことあるの?」

「確かに見たことは無いですけど、色んな人が言ってましたし、多少は話を盛ってるかもしれませんけど、嘘をつく必要もないから大体は真実でしょう」

「魔物はそうかもね……」


 魔物は? 〝魔物は"ってまさか違うことを指しているのか。


「それって、どうゆう……」

「それよりも、ほら! 見えて来たよ、あれが魔王城」


 何か意味深な言い方だったけど、話を遮られてしまったし、しょうがない後にしよう。


「あれが、魔王城? 嘘ですよね。だって、え? 何か思っていたのと違うんですけど」

「どんな風に思ってたの?」

「いや、もっと禍々しいものだとばかり思ってましたけど……結構、普通なんですね」

「誰だって、最初は驚くから大丈夫」


 誰だってそりゃ驚くだろ、魔王だぞ、魔物を取り仕切る王が住んでいる場所が案外、他の城と違いが無かったのだから。


「そろそろ城門も見えてくるよ」


 城門に近づくと、幼子の鳴き声や何やら楽しげに話す声が聞こえてきた。


「まさか、赤ん坊をいたぶって遊んでいるのか!」


 急いで声の聞こえた方向まで向かうと、そこにはとても魔王が住んでいるとは思えないような光景がだった。


「ほらよしよし、いい子、いい子」

「あー、あー、うー」

「今日はどこに行こっか?」

「そうだなぁ、とりあえずいつものとこに行ってから決めようか」

「………は?」


 衝撃だった。城門付近なのにそこには、カップルや赤ん坊を抱いている女性の姿があった。しかも一人や二人なんてものじゃない、多くの人々が城門を行き来している。


「ちょっと、勝手に先に行かないでよナスタ君、迷子になったらどうするの」

「すみません、赤ん坊の泣き声がしたので、何か悪いことが起きているんじゃないかと早とちりしてしまって」


 何なんだ一体、俺が来たのは魔王が住んでいる城のはずだ、でも、どうしてこんなに人が出入りしてるんだよ、おかしいだろ。


「まぁいいわ、とりあえず、ここから馬車を使うから少し待ってくれる?」

「……分かりました」


 行きかう人々、外から城門の中を窺うと見たことも無いほどの活気に溢れている。

 ……何なんだここは!俺は魔王を倒しに来たはずなんだ! それなのに、師匠の妻だと名乗る人に会ったと思えば、ここが魔王城だと言われたが、平和そのものじゃないか! 何が起きたんだよここに。


「大丈夫? 頭何か抱えて、頭痛? 馬車に乗って休んだ方がいいわ」

「……すみません、ありがとうございます」


 馬車に乗り込み座席に座り目を閉じる。どうやらユキナさんも乗ったみたいだな。


「少し眠る?」

「はい、そうさせてもらいます」

「分かった、じゃあ少しだけおやすみ」


 ユキナさんは俺の耳元で何かを囁く、そうか、これがあの老人が受けた魔法か、魔法ってこんな感じか、そう思いながら意識は遠のいていった。



______________________________________



「んんっ」

「いいタイミングで目が覚めたね、着いたわよ」

「どこに着いたんですか?」


 どのぐらい寝ていたんだろう、周りがやけに静かになった感じがする。だが、まぁ城の中に入って行ったみたいだし、そんなに遠い場所じゃないんだろう。


「城の入口」

「え? それはさっき……」

「それは城門でしょ、ごめん言い方が悪かったね。私が言ってるのは王宮の入り口のこと」

「嘘ですよね?」

「私が嘘ついたことあった?」


 ユキナさんはまた、俺にあの時の笑顔で答えた。

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