第2話:想定外の人物

 それから数年間、俺は村を出て旅をした。

 師匠の残した剣もある程度は扱えるようになり、普段の狩りのおかげか弓の扱いは師匠に並ぶぐらい上達したはずだ。


 俺はようやく魔王のもとへ向かう覚悟を決めた。


 そのためにまず、魔王城に行くには必ず寄る事になる村、ロートに行き、そこで村人に魔王に関する情報を集めてから魔王城に隙ができた時に侵入し魔王を倒す。不意討ちを狙わなければ俺は魔王に傷1つ付けることは出来ないだろう。だが、どんな形でも倒したことには変わりはない。結果が全てだ。


 自宅を出て、ロートまでたどり着いたのは良いが……。


「これが本当に魔王城に一番近い村かよ……」


 そこは危険と隣り合わせとは思えないような活気に溢れていた。


 農作業を終えたいい大人達が昼間から酒を飲み交わしていたり、子供が無邪気に走り回って遊んでいたりと、俺が住んでいた村でも見ない光景だった。


 何で村人はこんなに穏やかに生活が出来ているんだ?

 そもそも、昼間から酒を飲むほどの余裕があるのかこの村は。子供だって普通なら農作業の手伝いをしていたりするものじゃないのか?


「そこの、そんなとこで呆けていてどうした? なんならわしらと一緒に酒でもどうじゃ」


 目の前の思いもよらなかった景色に呆然としてしまった。

 でも、ちょうど良かった。この老人に魔王に関する事を聞き出して、なぜ村がこんなにも活気があるのかを聞くチャンスだ。


「ありがとうございます。是非、ご一緒させて下さい」


 こうして俺は老人と一緒に酒を飲むことになったのだが――。


 ・・・・・・・


「本当なんじゃよ! 昔のわしはブイブイ言わせて多くの女性に言い寄られたものだわ。その中でも死んだ婆さんは特にべっぴんで、他の男達の注目の的だった。でもな、わしも婆さんも……」


 完全に失敗した。

 最初の方はまともな会話が出来ていたが、酒が入り、飲むペースが上がり始めたときに止めるべきだった。もはや、俺の返事も聞きもせず自分の昔語りを初めて止める気配が無い。


「それでな! わしの娘も婆さんに似てべっぴんでのう、気が利く自慢の一人娘じゃ。でもな、娘も少し前に嫁に出て行って寂しいが今日、孫と一緒に来るらしいから楽しみで仕方がないんじゃよ」


 この人娘がいたのか、やっとまともに会話できる相手と会える。頼むから早く帰って来てくれ。

 それからしばらくの間、武勇伝を聞いていると外からドアを叩く音が聞こえた。


「お父さん、いる? 帰ったけどー」


 家の中に入って来た女性はなんというか、とても美しい女性だった。綺麗な赤髪にシュッした顔立ち、それに出るとこ出てるっていうか……この老人の言ってたこと、あながち嘘じゃなかったんだな。

 こんな綺麗な人を妻に貰った旦那を見たいな。

 そう思っていると娘さんが何かを見て驚いている。その視線は俺の方を向いていた。


「・・・お邪魔してます」

「ちょっとお父さん! また知らない人を連れ込んだの?」


 またってことは、この人何度も知らない人に同じ話をしてるのか。それじゃあ、娘さんも慣れてる訳だ、随分と落ち着いているし。


「違う違う、こいつが一緒に飲もうって誘って来たんじゃよ」

「ちょ、何言って」

「はいはい、分かりました。ちょっと寝て落ち着いてね」


 女性は老人の背中に手を置きながら何かをつぶやいた。

 すると、あんなにもうるさかった老人が呟き終えた瞬間、眠ってしまった。


「え! え? 今なにしたんですか?」

「あなたこっちの出身じゃないのね。驚いたでしょ? 今のが俗に言う魔法なの」

「今のが魔法なんですか! 初めて見ました! 凄いです驚きましたよ!」


 魔法ってこんなに便利なものなのか、これじゃ困ることも少ないんだろう。何も無い場所から火とか水が出したりするとこ見てみたいな。


「それより、ごめんなさいね。私の父が無理矢理付き合わせちゃたみたいで」

「いえいえ、そんな事ないですよ。お酒だってご馳走になりましたし」


 実際、頂いたお酒は結構美味しかった。


「私、ユキナっていうのよろしくね。出来れば君の名前を教えてもらいたいのだけど」

「俺はナスタっていいます。よろしくお願いします」


 俺の名前を教えるとユキナさんは突然なにかを考え始めた。


「ナスタ君? あれっ、どこかで聞いたことがある気がするような……」

「まぁ、似たような名前は沢山ありますし、そういうこともありますよ」

「いや、そういう感じじゃないんだけど……うーん」

 

 ずいぶんと気にしてるっぽいけど、他人の空似ってこともあるだろう。別にあんまり悩む必要も無いと思うんだけど。


「まぁ良いか! そんな事より、何でナスタ君はこんな田舎に来たの? ここにあるものと言えば、お酒と暇してるいい歳した大人ぐらいだけど」


 手を合わせ俺に質問してきた、随分と切り替え早いな! 

 でも、ちょうど良かった。ようやく魔王に関する情報を聞けるチャンスだ。まずは俺の事情から話さないと。


「数年前、師匠は唐突に家を出ていきました。後で攫われた姫を救出するためだと知りました。ですが、師匠はそれ以降一度も家に帰って来なかったんです。その時、悟りました。師匠は魔王に殺されたんだなと……。だから俺が、自分の手で師匠の仇をとるためにこの村に来たんです」


  今までこれまでの事を話した事は無かったからだろうか、少し興奮してしまった。俺の話を聞いたユキナさんは何かを思い出した表情をして質問を投げかけてきた。


「もしかして、ナスタ君の師匠の名前ってハニラじゃない?」

「どうして知ってるんですか! 師匠に会ったことがあるんですか!」


 今の話で師匠の名前が出てくるとなれば彼女は師匠の事を知っているはずだ。焦ってつい、テーブルに身を乗り出してしまった。


「ふふっ、だって私の旦那だもの」

「……………は?」


 俺はこの時の彼女の笑顔を忘れない。

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