勇者は魔娘に恋をする。
かやねろ
第1話:過去と決断
「俺はもうここには戻ってこないかもしれない、今日からはお前ひとりで生きていくことになる。だから、この家にある物全部お前に譲る。愛してるぞ。」
そう言うと、師匠は家から出て行った。これが師匠との最後の会話だった。
師匠は捨て子だった俺を拾い、男手一つで育ててくれ感謝してもし切れない。俺にとっては父親同然の存在だ。でも名前で呼ばれるのは照れくさいらしく自分を師匠と呼ばせた。
師匠が最後に俺に言った言葉は突然すぎてその時の俺には全く理解できなかった。
師匠が帰って来ない理由を考える余裕も無く、師匠がいなくなったことで今まで二人で行っていた農作業を一人で行い、前までは師匠が行っていた狩りも自分一人でやらなければならないことのほうが余程大変で、目先の問題だった。
一人暮らしが多少慣れてきたころ、農作業中、近所のおばさんがなぜか少し残念そうな顔をしながら近寄ってきた。
「ナスタ君、ハニラさんが魔王のもとへ行ってしまって大変だけど、絶対にハニラさんなら戻ってくるわよ。だから、それまでの間は頑張って生活していきましょうね。できる限り村のみんなも協力するから」
何を言っているんだこの人は、師匠が魔王のもとへ向かった? そんな事知らないぞ。
「師匠が魔王のもとに行ったのは本当なんですか!」
慌てて詰め寄ると、おばさんはむしろ知らなかったことの方が驚きだったようで呆気にとられていた。
「知らなかったの? ハニラさんナスタ君に余計な心配をかけまいとしたのね、余計だったかしら」
何が心配だ! 理由を知らない方が余程心配するんだよ! 絶対に次会ったら、文句を言ってやる。
でも、この人はどこで師匠の事を知ったんだ? 出て行ったのは突然だったし、師匠から直接聞いた。と
いうのは無いだろう。
「師匠が魔王のもとに向かったってのは、どこで聞いたんですか?」
これで師匠が途中に行った場所が分かるかも知れない。
「私が王都に行ったとき、いつもは賑やかなのにその日はなぜかみんな静かだったの。理由を近くのお店に聞いたらお姫様が魔王に攫われてたらしいのよ。それで買い物を済まして帰ろうとしたら、人だかりの先に、魔王を討伐しに行く人達が集まってて、その中にハニラさんがいたのよ」
「それは確かに師匠なんですか?」
「あれはハニラさんよ。髪の色とか体型が一緒だったし、なにより顔の傷の位置が一緒だったもの」
「そう……ですか」
師匠の顔の傷は一目見たら二度と忘れることが無い場所にある。間違えようが無い。それは師匠だったのだろう。
おばさんは俺の肩をたたいて励ましの言葉を何か言うと帰って行ってしまった。
何をするやる気も無くなってしまい、家に帰ることにした。
家に着いて落ち着こうとしても、今日言われたことが気になってしまう。
魔王、名前は聞いたことがあるけど本当に実在してたとは思いもよらなかった。
だけどあの師匠の事だ、言われたとおりそのうち帰って来る。帰ってきたら文句を言って、何か欲しいものでも買って貰おう、それぐらいはいいだろう。
そんなことを思いながら床についた。しかし、師匠は出て行ってから半年を過ぎても帰ってくることは無かった。
その日は特にすることも無く、家の掃除を始めた。普段なら滅多に手を付けない場所を掃除していると、他の荷物のせいで隠れていた木箱が見つかった。
何気なく木箱の中を漁るといろいろな物が出てきた。奇妙なぬいぐるみやおもちゃ、幼い頃の俺が遊んでたたものだった。こんなところにあったんだな。
「なんだこれ? 結構重いな……」
見たことがない、随分と丁寧に布で包まれた何かを見つけた、包みを開くとそれは剣だった。
「なんで家にこんなものが置いてあるんだ? 随分と綺麗だな」
剣を眺めていると鞘に何か書かれており、そこには師匠の名前が記してあった。
ふと、師匠のことを考える。口は多少悪かったけど、やっぱり心から俺のことを愛してくれていた。
師匠の顔をもう半年以上も見ていない、思い出すと何だかよく分からない気持ちになってくる。
師匠はやはり魔王に殺されたと考えるのが妥当だろう。だけど、もう一度だけ師匠の顔を見たい。どうなっていたとしても……。
「師匠が帰って来ないなら、俺が魔王の場所まで行ってやる」
その時、俺は心に決めた
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