~3~
第11話 本当の気持ち
年が明け、練習試合まで一ヶ月を切った。
正月休みなど考えもせずに、ひたすら練習をし続けていた僕達の努力が、少しずつ見え始めていた。
三人立で入った実践形式の練習では、三人の的中数を総計九中まで伸ばすことができた。お互いが外した後は、絶対に中てようという意識が芽生え始めていることが大きい。それと、個々のレベルアップが確実に結果として出始めていた。
特に顕著だったのが初心者の高瀬だった。弓に触ってからおよそ二ヶ月しか経っていないのに、常に
個々のレベルが上がった今、次はチームとしてのレベルを上げていかないといけない。弓道はチームで試合に臨む。チームとして強くなるためには決めないといけないことがある。
「そろそろ立ち位置を決めて、本格的に練習していきたいと思ってるんだけど」
自主練習が終わった後、僕は高瀬と古林を喫茶店に誘った。
「おっ、俺も思っていたところだよ」
「そうだな」
二人が首を縦に振って、決めるのに同意してくれた。僕は以前からずっと考えていた案を二人に話すことにした。
「高瀬君は中で、古林君は落でどうかなって思ってる」
「うん。いいと思う」
高瀬は二つ返事で僕の提案を受け入れてくれる。一方の古林は渋面をつくっていた。
「俺は真弓の提案、受け入れることはできない」
「えっ……」
古林の言葉を僕は受け入れることができなかった。現在の技量を考えても、この順番で射るのがベストだと思っていたから。
「もしかして、僕が大前だから?」
「そうじゃない。俺が言いたいのは」
古林は声を荒げた。喫茶店内にいた一部の人達が、僕達のテーブルに視線を向けてくる。
僕には古林が否定する理由がわからなかった。確かに高瀬は大前に向いている。その明るい性格で確実に一射目を仕留め、チームに勢いを与えることができれば、どれだけ楽になることだろう。でも、高瀬は決定的に足りていないところがある。
圧倒的に試合慣れをしていない。
僕や古林は中学生の頃から多くの場数を踏んできた。試合勘はどうしても経験の多さでしか養うことができない。それに、今回の練習試合は男子弓道部の未来がかかっている。危ない橋を渡るべきではないはずだ。
色々と考えを膨らませていると、目の前の古林が大きく息を吐いた。そして僕に視線を向けると口を開いた。
「お前が落をやらなくてどうするんだって言いたいんだ」
僕は古林の言葉を理解しようとした。確かに落をやるのは不可能なことではない。でも、それだと試合に勝てる勝算が見えない。
「僕の状況を知っているだろ? 中りを期待できないのに、落にいる意味なんてない」
「中らないから落は駄目って、誰が決めつけたんだよ」
古林の発言は間違っていない。でも、今は中りを求めるべきだ。
間髪入れずに古林はそのまま続けた。
「落は弓道の花形だろ。真弓は中学の大会ではずっと落だっただろ」
「それは古林君だって……」
「確かに俺も落をやっていた。それでもこのチームは、真弓中心のチームだと思っている。真弓の支えがあるからこそ、今だって俺らは弓道をすることができているんだ」
古林の言葉に高瀬もしきりに頷いている。
「でも、練習試合で上位に食い込まないと部活自体が……」
「だから、俺らはお前と心中するって決めたんだ。なあ高瀬」
古林の声に高瀬が反応する。
「そうだよ。真弓君と心中するんだよ。男子弓道部の最初の部員は俺だ。でも、チームのエースと言われたら、経験が豊富な真弓君なんだよ。俺は古林君でもいいと思ってる。自分がへたくそだから。でも、どちらかを選べと言われたら必ず真弓君を落に推す」
二人の思いが胸に刺さる。目の前で心中するとまで言ってくれた二人に対して、僕は胸が熱くなる思いでいっぱいになった。
「ありがとう。だけど、僕には二人を支えるだけの力がまだない。早気だって未だに克服できないでいるんだ。心中なんて、僕には重すぎるよ」
視線を二人から逸らす。僕のせいで二人が弓道をできなくなることが嫌だった。これは、僕のわがままなのかもしれない。だけど自分の問題も解決できていないのに、他人の希望を背負うことなんて愚かなことだと思う。
「真弓君は一人で弓道やってるの?」
高瀬の問いに虚を付かれた。
そんな訳がない。そう答えたいのに言葉に詰まってしまう。
「今まで言わなかったけど、俺や古林君に一言も相談してくれたことなかったよね?」
「それは……二人に心配かけたくなくて」
「それがだめなんだよ!」
高瀬が声を荒げた。喫茶店にいる人達が再度視線を向けてくる。高瀬はその視線を気にせずに続けた。
「心配かけたくないって、俺達のことを信頼してないってことだよね?」
「それは……違う」
「違うなら、真っ先に打ち明けてくれても良かったんじゃないの? チームメイトである俺達にさ」
高瀬の叫びに言い返す言葉が見つからない。心配をかけたくないから黙っている行為は、相手を信頼してないから生まれる。高瀬の言葉を僕は否定できなかった。
「俺達は真弓君を助けたい。これから試合までの間に、俺達にだってできることがあるはずだから」
高瀬は言い切ると、一度古林の方に視線を向けた。古林はそれに無言のまま頷く。それを確認した高瀬は、僕に視線を戻す。
「俺達を信じてよ」
信頼しているからこそ、二人は落に僕を選んでくれた。それなのに、僕だけが二人を信頼していなかった。実際に組みたいと思っていた理想の立ち位置を、最初から言うこともできなかった。弓道は個人競技ではない。チームで戦うスポーツだ。
「ごめん。僕は大切なことを忘れていた」
目の前の二人がいなければ、チームとして試合に臨むこともできなかった。仲間について考えることもしなかった。
「ようやくだな」
古林は一息吐き、安堵の表情を晒している。
「ああ。俺達はみんなで支え合わないと」
高瀬の笑顔が眩しかった。
「大前は高瀬君でいきたい。古林君は中で。そして、僕が落。それでいいよね?」
聞かなくてもわかっていたけど、二人に問いただしてみる。二人とも笑顔を浮かべていた。
「「おう!」」
ここからが試合に向け一番の正念場となる。このチームで大切な試合を勝ち抜かないといけない。ようやく僕達の男子弓道部が動き出した。一人で戦っているのではない。チームで戦っている。周りを見渡せば、大切な仲間がいる。
そう実感できている僕は、本当に幸せなんだと思った。
「最近どうなの?」
「まあ、順調かな」
そっか、と凛は安堵の表情を見せる。こうして凛と会話するのが久しぶりで、自分のことに集中していたと気づかされる。
喫茶店から家に帰り、自分の部屋の電気をつけると直ぐに携帯が震えた。画面を見ると凛からだった。電話に出るなり「窓の外を見て」と言われカーテンを開けると、目の前に凛の姿があった。
「今から家に行くから!」
そう言い残した凛は、数分後に玄関のチャイムを鳴らし、今に至っている。
「こうして凛の形を見るの、久しぶりだね」
「一が見ていない間に、私も成長したんだから」
凛はゴム弓を引き始める。打起しの段階で僕は直ぐに変化に気づいた。以前は肩に力が入っているのが見ているだけでもわかったのに、今はリラックスできている。全く力が入っていない感じがした。さらに、凛は打起し後に馬手が弓手よりも下がる癖があったのに、それも解消されている。引分けも打起しで土台が出来ていたので、左右均等に引くことができていた。
「どうだった?」
離れを終えた凛が僕に聞いてくる。
「すごく良くなってる。以前指摘した箇所が全て解消されていたし」
「やった。鏡の前でたくさん練習したんだ」
笑顔を晒す凛は、自らの成長を素直に喜んでいる。凛は自らの課題を着実に克服している。凛だけじゃない。一緒に練習している高瀬も古林も、日々成長を続けている。でも、僕は成長できているのだろうか。
「そろそろ練習試合だね」
「うん」
「一は弓道楽しい?」
凛の質問は、どこか僕の心を見据えているような気がした。
「もちろん楽しいよ。だって弓道好きだし」
「そうだよね。うん……本当に良かった」
そう言うと凛は笑顔を見せた。純粋で屈託のない笑顔が、僕の胸に刺さる。
「実は、女子も一達のことを見直しているんだよね」
「そうなんだ」
「学校では空き教室でゴム弓引いたり、ビデオカメラで撮影した射形を見て研究したり。休日は電車に乗って、使える道場に通ってるでしょ」
「やけに詳しいね」
「だって、
楓先輩と言われ、誰のことを言っているのかわからなかった。だけど直ぐに雨宮先輩だと思い出す。
「先輩、男子弓道部について詳しく知っているみたいで。よく道場で話してくれるんだ」
凛の言葉に僕は意外だなと思った。たしかに先輩は男子弓道部について悪く思っていない。だけど、他の弓道部員にまで話しているとは僕は思ってもいなかった。
僕の反応を窺うように視線を向けた凛は、そのまま続けた。
「楓先輩に何か話したの?」
冷めた声が耳に響き渡る。凛の顔を見ると、訝しむような表情で僕を眺めていた。そういえば、凛には言っていなかったことがあった。
「実はふささら祭りの日に先輩に会って。そこで男子弓道部について話したんだ」
「そうだったんだ」
「道場の相談をしたり、弓道部について色々と話したり。相談に乗ってもらった」
僕が思っている以上に、先輩は僕達の為に働きかけてくれている。
「先輩に相談して、答えは出たの?」
「答え……」
「これからの男子弓道部について。あと……一自身について」
凛の問いに対して、僕は直ぐに答えることができなかった。
男子弓道部については、はっきりとした答えが出ていると思う。二月の練習試合で勝つこと。いい成績を納めて藤宮先生に一泡吹かせること。そして、男子弓道部の場所や存在意義を取り戻すこと。それは、草越高校男子弓道部の英雄である翔兄ちゃんが求めたことでもある。
でも、自分自身についての答えは出ていないし、今の僕にはわからなかった。
それは早気という病気に打ち勝っていないからなのかもしれない。でも、もし早気になっていなかったとしたら、僕は何のために弓道を続けるのだろう。
翔兄ちゃんに憧れたからかもしれない。大前にもそう答えた。でも、今思うとそれは単なるきっかけにすぎない。
憧れだけでは弓道は続けられない。
僕はどうして弓道を続けているのだろう。
「先輩のおかげで、男子弓道部の印象が少しずつ変わっている。それは、僕達がこれからも弓道を続けるために必要不可欠なことだと思う。だから先輩には本当に感謝しているし、僕達は練習試合で勝って、弓道部を廃部にさせたくないと思ってるよ」
これは逃げているだけなのかもしれない。僕は凛の問いの片方だけ答え、もう一つの質問には答えなかった。口から発せられた言葉の全てが欺瞞に思えて仕方がない。男子弓道部の存在を盾にして、結局は自分自身を守っているだけだ。
凛はそれをわかっているみたいだ。
僕の返事に頷くだけで、それ以上追及してこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます