ごめん。嫌なことを話させたね
翌日。
珈琲店『ロッコ』には篤志ひとりしかいなかった。
店長の庄太郎は、昨日から店を開けるとすぐどこかへ消えてしまう。篤志と顔を合わせづらいのかもしれないが。
そして昼を回ったころに、亜理寿は珈琲店『ロッコ』のいつもの席に現れた。
あのあとなにも語ることなく篤志は亜理寿と別れた。
なにも、言えなかったのだ。
もしかするともう『ロッコ』に来てくれないのではないかと思ったが、亜理寿はまたここに来てくれた。
いつも通り本日の珈琲を運んで、篤志は申し訳なさそうに言う。
「結局、僕は役には立てなかったね」
「……そんなことないです。わたしひとりじゃ、なにもできませんでした」
そうは言うが、結局解決したのは亜理寿だと思う。
「それで、あのとき亜理寿ちゃんはなにをしたんだい?」
亜理寿がなにかの唄を歌って、そこにいないはずの女の子が現れた。
――あの女の子は幻だったのだろうか。
それにしてはあまりに生々しかった。
実際に触れたわけではないが、呼吸をしているように見えたし、草木のような子供特有のにおいもした。あの子を直接抱きしめた笹倉には、体温まで伝わっていたのではないかと思う。
亜理寿は口ごもるが、それでも篤志の顔を見上げてコクンと頷く。
「……信じてもらえるかはわかりませんけど、わたしは“魔法”というものを使えるんです」
「魔法……?」
「はい。自然とか精霊とか神さまみたいなものから力をわけてもらって、少しだけ摂理を曲げる方法のことです」
確かに、あのときの光景は魔法のようにしか見えなかった。
実際に目の当たりにしたいまでも、にわかに受け入れがたい話ではあるが。
それでも、と篤志は頷く。
「あんなものを見てしまったら、信じないわけにはいかないな」
そう言うと、亜理寿もホッとしたように吐息をもらした。
――ああ、なるほど。魔法なんて言葉を口にできなかったから、あんな曖昧なもの言いしかできなかったのか。
彼女が口下手というのも、紛らわしさに拍車をかけていたのだろうが。
亜理寿はカップの持ち手を指で撫でながら言う。
「あのとき見せたのは、厳密には笹倉さんの娘さんご本人じゃありません。遺品に残っていた思い出に形を与えただけの、幻なんです」
そう言ってから、申し訳なさそうにもうひと言つけ足す。
「……騙したことに、なるのかもしれませんけど」
幻だったとしても、笹倉にとっては本物の娘との再会だったはずだ。
それが正しかったのかはわからないが、きっと最良ではあったのだと思う。
だから篤志は首を横に振った。
「きっと、あれでよかったんだよ」
笹倉の願いを聞き入れるわけにはいかない。それでも彼のためになにかしてあげようとしたら、他に方法はなかったのだろう。
それより、と疑問を投げかける。
「じゃあ、本当に死んだ人を生き返らせることもできるのかい?」
「できないです」
「なら、そう言えばよかったじゃないか……」
亜理寿は首を横に振る。
「でも、方法がないわけじゃなかったんです」
「というと?」
「死んだ人を生き返らせるなんて都合のいい魔法はないです。でも……」
その続きを口に出すのをためらうように、亜理寿は黙ってしまう。
それでも、やがて観念したようにこう言った。
「命を入れ替える魔法なら、あるんです」
篤志は目を見開いた。
「それで、人を殺すなんて話に?」
「はい」
我が子のために命を投げ出す親というのは、確かに考えられない話ではない。
「でも、それなら亜理寿ちゃんが殺されるというのは……?」
「依頼を受けないならそういうことをすると言われたもので……」
それが勢いだけの言葉ではないということは、篤志にもわかった。
――あんな執念を燃やしていたんだ。自分の命だって投げ出せるのに、断った亜理寿ちゃんになにもしないなんてことはないだろう……。
あるいは殺されるよりも、もっとひどい目に遭わされていたかもしれない。
改めてその事実に気づき、篤志は自分が亜理寿に協力してやれたことをよかったと思えた。
それから、根本的な疑問に気づいた。
「でも、そんな力を持っているのなら、亜理寿ちゃんは魔法で自分の身を守ることもできたんじゃないのかい?」
そう訊くと、亜理寿はその瞳に物憂げな色を浮かべて首を横に振った。
「魔法というのは、人のために使う力です。だから、自分のためには使えないんです」
「それは、魔法使いの決まり事みたいなものかい?」
「決まり事というか、どうしてもそうなってしまうんです」
自分の言葉の意味を噛みしめるように、亜理寿は自分の胸を押さえて語る。
「どんなにすごい力を持っていても、本当に死んだ人を生き返らせられたとしても、わたしが欲しいもののために魔法を使ったらダメなんです。願いが叶ったように見えても、最後には失われてしまって、絶対に手に入らないんです」
その答えに、篤志は自分が無神経な質問をしてしまったのだと気づいた。
――わたしが欲しいもの――
昼間からこんな喫茶店に入り浸り、両親のことを過去形で話す亜理寿。
彼女には咽から手が出るほど欲しいものがあるだろうに、魔法でそれを手にすることはできないのだ。
「ごめん。嫌なことを話させたね」
「……そんなこと、ないです」
話題を変えるように、篤志は別の疑問を口に出す。
「笹倉さんは、あれで諦めてくれたのかな……」
「わかりません。でも、考え直すきっかけくらいにはなったと思います」
もしも笹倉が諦めず、まだ亜理寿にまとわりつくようなら、篤志も覚悟を決めなければならない。
――それくらいしか、使い道のない力だからな。
自分の手の平を見つめる。
ただ握力が異様に強いというだけの、無意味な力。亜理寿のように誰かを救うことなどできない、ただものを壊すだけの力だ。
そのときだった。
カランと鈴の音を響かせ、飴色の扉が開かれる。
「いらっしゃいませ――ッ?」
振り返って、篤志は顔を強張らせることになった。
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