夏
ザリガニ
第1話
僕は窓の外を見る。
青い空、白い雲、蝉の声がうるさく鳴いて、熱く、燃えたぎる太陽に向かって、大きな向日葵が咲いている。
コンコン、とドアがノックされる。僕が返事をする間も無く、女の看護師さんは入って来る。
「おはようございます。今日もいい天気ですよ。点滴変えますね」
看護師さんは僕の腕に繋がっている管を確認し、銀の棒にかけられた点滴袋を取り替える。彼女は、僕がここに来てからいた人で、昔は注射を打つのも怖がっていた。
初めて彼女が注射を打った相手は僕で、あまりにも怖がっているから不安になった。
それでも人の成長は早いもので、一年もすれば怖がらずに注射を打つようになった。
そして彼女の薬指には指輪がはめてある。
「結婚したんです」と嬉し涙を流しながら僕に報告した彼女に、僕は「おめでとう」と返した。しかも嬉しいことに、彼女のお腹の中には新しい命も宿っていた。
「はい、もう終わりですよ。失礼します」
そう言うと、彼女は部屋から出ていく。もう少し話をしたかったが、彼女も今やベテランだ。仕事もたくさんある。
窓の外から、じじじっと、音が聞こえる。蝉が窓にぶつかったようだ。蝉はそのまま仰向けに倒れ、ミーンミーンと鳴いている。
可哀想に。
僕はそう思った。でも何もできない。助ける術を持ってない。ごめんね、と心の中で呟く。
ごめんね。僕はここから動けないんだ。ごめんね。
僕は、ベッドに眠る僕を見る。
初めてこの病院に来たのは十五歳の頃だ。生まれつき病弱だった僕は、とうとう不治の病にかかってしまった。両親は悲しんだ。でも治すことは出来ない。でも、今はどうだろう。医療が発達した現代なら、きっと僕の病を治すことも出来るかもしれない。
でも、もういいんだ。
僕はベッドに眠る僕を見る。
管に繋がれ、元々そこまで無かった筋肉はさらに衰え、脂肪も無く、痩せこけた身体。動くことはもちろん、喋ることすら出来ない僕の身体。
二十年の間、眠り続けた僕は、最早人間と呼べるのだろうか。
家族は見舞いにすら来ない。莫大な治療費と入院費を払わなくてはいけない状況に困窮し、家族は僕を嫌った。それでも金を払うのは世間体の為だろうか。
仲の良かった友人も来ない。最初の内は、見舞いに来てくれたが、もう忘れているのだろう。
彼女を含めた看護師達も、僕を疎ましいと思っている。僕のベッドのシーツを変えるとき、いつも僕の前でそう言っている。
蝉の寿命は、土から出て約七日間ほどだ。その短い生を、繁殖に費やしている。きっとそこに情はないのだろう。虫は感情を持てるほど大きな脳は持っていない。
夏が来る度、僕は蝉を羨ましいと思う。短く、定められた命を、新しい命の為に使っている。何と健気だろう。
僕は窓の外を見る。
青い空、白い雲、蝉の声がうるさく鳴いて、熱く、燃えたぎる太陽に向かって、大きな向日葵が咲いている。
夏が終われば秋が来て、冬が過ぎれば春が来る。そしてまた夏がやって来る。
何度季節が過ぎるのを、この窓から見れば、僕はこの空と一つになれるだろう。
夏 ザリガニ @ZARIGANI_oniku
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