すずかぜや腕にながき髪触るる

【読み】

 すずかぜやかひなにながきかみふるる


【季語】

 すずかぜ(夏)


【語釈】

 腕――うで。


【大意】

 すずしい風が吹いてきて、ひとのながい髪がこのわたしの腕に触れることである。


【附記】

 女性のながい髪がはだに触れるという官能的な句である。和語(やまとことば)のみでつくった、いわばの句である。最初と最後に(清濁の別はあっても)同じ字が連続しているのがわたしの目にはすこしおもしろい。


「すずかぜ(涼風)」は夏の終わりごろ(立秋の前)に吹く風を言うらしい。この句、これで少々自信作なのだが、例によって季節感に不安がのこるか。なお、「涼風」はリョウフウ(リヤウフウ)と読んでも季語とする由。この語をスズカゼと読むかリョウフウと読むかの判断は(字数が同じなので)わたしにも難しいが、さしあたり前者を標準的なものと考えておきたい。


 推敲前、下五「髪さやる」。「さやる」は「障る」(引っかかる、さまたげられる、差し支えるといった意)であって「触る」ではないらしい。


 後述の例句は江戸時代前期の句が大半で、特に中期の句はひとつもない。江戸時代中期以降(中期を含む)の作者はこの季語を使いたがらなかったのだろうか。


【例歌】

 夏と秋と行きかふそらの通路かよひぢはかたへすずしき風やふくらん 凡河内躬恒おおしこうちのみつね


 やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君 与謝野晶子


【例句】

 涼風をいたすや月の弓ちから 貞室ていしつ

 涼風や青田の上の雲の影 許六きょりく

 涼風や峠に足をふみかける 同

 涼風や虚空にみちて松の声 鬼貫おにつら

 涼風に消ゆる小雲の宿りかな 丈草じょうそう

 涼風や新酒をおもふ蔵の窓 支考しこう

 涼風を青田におろす伊吹かな 同

 涼風に蓮の飯喰ふ別かな 史邦ふみくに

 涼風の立つやさらしの疋田山ひきだやま 同

 涼風や障子にのこる指の穴 鶴声

 涼風の曲りくねつて来たりけり 一茶

 涼風に月をも添て五文ごもん哉 同

 洞穴や涼風暗く水の音 正岡子規

 涼風や寝起の心よみがへる 寺田寅彦

 門を入れば涼風ふくや竹林寺 同

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