最終話 神楽坂
カフェで胡弓の妻と娘と別れて一週間が経った。
舞音は一人、真昼の神楽坂の早稲田通りを歩いた。
舞音にとっては見慣れた場所だが今は特別な気持ちだった。
(いよいよ明日。ここを離れるのね)
舞音の実家の料亭は日に日に客足が減り、とうとう店を畳んでしまった。
従業員は全員解雇。舞音の父親が全員分の次の就職先を見つけ、今週から働いている。
舞音と両親は店と自宅の物を片付け、引越しの準備をしていた。
父親はまた料亭を開くために神奈川の親戚を頼ることになり、その間母と舞音は母親の実家がある仙台で暮らすこととなった。
舞音は学校の長期休みや正月で何度か行ったことはあるが暮らすのは初めてだ。
生まれ育ちが神楽坂の料亭という舞音にとって仙台での暮らしは全く違うものとなるだろう。
しかし舞音は不安や寂しさといった負の感情は持っていない。
(仙台ならきっとあの人に会うことはない)
舞音は最近「いつかまた胡弓がここに戻ってくるかもしれない」という不安を持ち始めた。
すると神楽坂にいるのが怖くなってしまい、どこか遠くへ行きたい気持ちになってしまった。
その為、仙台への引越しはちょうど良かったのだ。
幸い母親の実家のことは胡弓に話していなかった為、見つかる可能性は低い。
仙台への新生活が楽しみで仕方ないだろう。
(そうだ!)
舞音は坂を上ってある場所に来た。
善国寺だ。
舞音は境内で売られているおみくじを引いた。
『旅立』の運勢は……悪くは無い。
(良かった……)
舞音は木に結ばす、お守りとして財布の中に入れた。
(そうだ。お賽銭もしよう)
財布の中から五円玉を出し、賽銭箱に投げた。
(新生活がうまくいきますように)
舞音は静かに願うと境内を出た。
昼の神楽坂は彼女を普通の女の子にさせてくれる。
純粋無垢な優しい少女。だからこそDV男に引っかかってしまったのだろう。
「男を知らなかった」と言えばそこまでだが、彼女があの男を恋人として、そして「師匠」として依存していたことが原因だ。
DVはする側は「暴力」、される側は「パートナー」に依存している状態だ。
舞音の場合は「愛する人」の前に「師匠」としても慕っていた為、暴力を振るわれても「指導」として受け入れていた。
この状態を「共依存」というが私は「恐依存」と言いたい。
「暴力」という恐ろしい力に依存している人。そんな人物に依存する人。
第三者から見ると恐ろしくて仕方が無い。
こんな恐ろしいことに巻き込まれてしまった舞音は不運だ。
彼女の前に二度と恐ろしい男が現れない事を祈る。
舞音は昼食を取る人々に混ざって、明日離れる屋敷へと向かった。
~完~
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