第9話 カフェでの話
「DV……」
「ええ。あの男は自分の思い通りにいかなければ暴力で人を支配するDV男よ。結婚した頃は優しかったけどある時から暴力を振るうようになったの」
神楽坂下の早稲田通りにある喫茶店で舞音と胡弓の妻は話していた。
胡弓の妻の隣には娘がおいしそうにジュースを飲んでいる。
「最初は私に悪いところがあるんじゃないかと思って我慢していたけど日に日にエスカレートしていって。ついには娘を抱いている時にも叩いたり蹴られたりしたわ」
「そんな!」
子供を抱いている時も暴力を振るう事にはさすがに驚いた。
母親だけでなく赤ん坊である子供も怪我をしてしまう危険があるからだ。
「さすがに耐え切れなくなって私は金沢の実家に娘と一緒に帰ったの。家族と話して離婚を決めたわ。その手続きをする為に神楽坂に戻ってきたの」
「それがあの日だったのですね」
舞音はアイスコーヒーを一口飲んだ。
「ねぇ貴方。もしかして胡弓から琴習っていたの?」
「はい」
「やっぱり……」
(「やっぱり」?)
舞音は気になった。
「「やっぱり」とはどうゆうことですか?」
「実はね、私も胡弓の元弟子だったの」
「え!?」
舞音は持とうとしたアイスコーヒーのカップから手を離した。
まさか自分と同じような人がいたとは、と驚いた。
「大学進学で上京した時に神楽坂にイケメンの箏曲者がいるって聞いてね。小さい頃からやっている琴がうまくなりたい気持ちと下心が同時に芽生えてすぐに弟子入りしたの。しばらくしたら「夜も一緒に練習しないかい?」って言われてね、それから付き合い始めるようになったの」
弟子になった経緯は違うがその後は舞音と同じだったので舞音は真剣に聞いていた。
「大学も卒業して両親に胡弓の事を紹介したらOKしてもらって結婚したの。娘も産まれてこれから幸せに暮らすんだと思っていたわ」
その後に暴力を振るわれたんだ、と舞音は思った。
「でも暮らした途端、胡弓は暴力を振るうようになったの。弟子だった頃から厳しい事を言ってくることはあったけど暴力を振るわれたのは初めてだったからショックだったわ。その後はさっき話した通りよ」
「そうだったのですか……」
自分と同じ目に遭った人がいたとは。舞音は胡弓の妻を身近に感じた。
「舞音ちゃん、もうあんな男には関わらない方がいいわ」
「はい。もう会ったりしません。約束します」
舞音が約束すると胡弓の妻は薄く笑った。
「貴方はとても素直な子だわ」
「ありがとうございます」
「でも気をつけて。貴方のような人を胡弓のような男が狙ってくることがあるわ。『自分の言うことは何でも聞く女』として見られるから。胡弓もそんな男だったわ」
舞音は少し怖くなった。
『胡弓のような男が自分を狙ってくる』。
直接言われて舞音は男性に対して恐怖を感じた。
カフェの店内を見渡すと十人以上の男性客がいる。年齢は様々だが舞音と年齢が近そうな人もいる。
見ず知らずの男性だが逆にそれが舞音を恐怖へといざなう。
「舞音ちゃん。本当にごめんさい」
「いいのです。貴方のおかげで私も助かったのですから」
「ありがとう。優しいのね」
「お母様から教わったのです。人を許す心を持ちなさい、と」
「いいお母様ね。……舞音ちゃん」
胡弓の妻は舞音を見つめた。
「貴方はいいお嫁さんになれる。今度はもっと優しい男性と付き合って幸せな結婚をするのよ」
「はい!」
胡弓の妻の言葉に舞音はちょっとだけ男性への恐怖がとれた気がした。
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