第5話 「魔音」の由来

「何度言ったらわかるんだ!」


 胡弓の怒号が部屋中に響き渡る。


 魔音は師匠の怒号に怯えていた。


「僕の言うことが聞けないのか魔音!」


 魔音が平手打ちをされた日から胡弓の指導は荒々しくなってしまった。


 あの優しかった師匠はどこにいってしまったのだろう。


 魔音は日々、心の中で思うようになった。


「僕はそんな演奏をするように指導した覚えは無いぞ。どうして教えていない事をするんだ!」


「私の演奏、前は褒めていたではありませんか! 『君にしかできない演奏だ』、『若々しさと初々しさが混ざっていて好きだ』と。おっしゃっていたではありませんか!」


 さっきの言葉がよほどショックだったのだろう。魔音は初めて師匠であり、愛する男である胡弓に口答えした。


「なっ……!」


 胡弓は驚いた。今まで口答えをしなかった魔音が初めて自分に逆らったからだ。


「……そうだったね」


 思い出してくれた!


 魔音は嬉しくなり表情が明るくなった。


「でもね、あれから考えたんだ」


「?」


「確かに君には他のプロには無い才能があるからそれを生かして活躍できる。でも、それを続けていたら君は僕の理想とかけ離れてしまうのではないかと思い始めたんだ」


「り、理想? 理想ってどういう……」


「文字通りだよ。君は僕の理想どおりに育って欲しい。他のプロにはできないような演奏をする芸者にね」


「それが『若々しさと初々しさが混ざっている』演奏なのでは?」


「魔音。君にその芸名を付けたのには理由があるんだ」


「り、理由ですか?」


 確かに魔音は気になっていた。


 どうして『魔』の字を付けたのかを。しかし師匠に付けてもらった嬉しさで理由は聞かずじまいだった。


「演奏を聞いた人全員を夢中にさせる魔の芸者、そういう思いで付けたんだ」


「魔の芸者、とは?」


 『魔の芸者』。響きからしてもあまりいい感じがしなかった。


「君の演奏で来た客を酔わせるのさ。それに酒を加えれば判断力が鈍る」


「判断力?」


 魔音はますますわからなくなってきた。


「わからないかい? ならはっきりと言うよ」


 胡弓の口調はあまり良くない事を言うような言い方だったので魔音は不安になった。


「君の演奏で酔わせた上でさらに酒で酔わす。そうすれば客の判断力が鈍るだろう。そこで酒をもっと出させるんだ。客が注文しなくてもな」


「そ、それって!」


 いわゆる「ぼったくり」というやつだ。


「嫌です! 大切なお客様を騙すことなんてできません!」


 師匠の言うことでもこれはさすがに魔音は断った。


 その前に「ぼったくり」は違法行為である。断って正解だ。


「そうは言ってもね。君の店を続ける為には必要だと思うよ」


 胡弓が意味深な事を言ってきた。

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