第3話 練習と……。

「魔音。また君のクセが出てる」


「?」


「君は自然な感じを出そうとする時に気持ちが強くなって演奏からその気持ちが伝わってくる」


 十五夜家の料亭を出た後、魔音は胡弓の屋敷で二人きりで練習していた。

 

 胡弓の屋敷は大きさでは十五夜家の料亭に負けるが立派な造りでは同格だ。


「ではどうすれば良いのですか?」


「楽譜は暗記しているだろう。ならそのまま間違えないように弾けばいいんだ。魔音の演奏はプロには無い初々しい感じがある」


「それは……良い事なのですか?」


 魔音は心配になった。


 自分の演奏はプロよりは劣っているがまさかまだ一般人レベルなのではないのかと師匠の言葉を聞いて思ってしまった。


「もちろん。プロになると技術力が固まっていろんな人の演奏を聴いてもどれも同じに聴こえるるんだ。でも魔音は若々しさと初々しさが混ざって僕は好きだな。プロ達には悪く聞えると思うが」


 好き。


 その言葉を聞いて魔音は嬉しくなった。


 他の人には認められなくとも、師匠であり愛する人でもある胡弓に認められれば魔音はそれ以上を求めないからだ。


「その演奏をできればずっと維持し続けて欲しい。どこで聴いても君の演奏だとわかるように、ね」


「はい……」


 私にしかできない演奏。


(もっと認められるようにこれからはもっと練習しよう!)


 これを維持しようと魔音は意気込んだ。


「今日の練習はここまでにしようか」


「遅くまでありがとうございました」


 魔音は深々とお辞儀をし、帰ろうとした。


「!」


 突然胡弓が後ろから抱きしめてきた。


「どうして夜に呼び出したのかわからないみたいだね」


「もしかして……泊れ、という事ですか?」


「そうだ」


 魔音は振り払って逃げ出そうとしたが胡弓の力が強く振り払えない。


「放してください! 私はそのような事をする芸者では……」


「恋人同士でも?」


「!」


 恋人、という言葉を聞いて魔音は力を緩めた。


 その隙を狙ったのか胡弓は力強く魔音の体を引っ張り、自分に向けさせた。


「恋人同士ならいいんじゃない?」


「でも……」


「ちなみに魔音のご両親には泊る、って伝えておいたから」


「い、いつの間に!?」


 抜かりの無い師匠だ、と魔音は口には出さずに思った。


「大丈夫。そんな乱暴にはしないよ」


「で、でも……」


 男性どころか恋愛経験もない魔音にとっていきなり誘われるのはかなり不安だ。


「じゃあ一緒に寝よう。それならいい?」


「はい……何もしないなら」


 それくらいならいいだろう、と魔音は安心した。


 好きな男と寝るのは初めてだが変な事をするよりは良いだろう、と思い泊ることにした。


 それに恋人と一緒にいる夜も素敵という気持ちも芽生え、不安が一気に無くなった。


 浮かれている魔音には胡弓が恐ろしい男だとは知る由も無かった。


 しかしこの男がDV男だと知るのはそれほど長くはかからなかった。

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